災害時において、飼い主に求められることは? ~現場から見えてきた課題~
一般社団法人 Do One Good 高橋一聡氏
地震、津波、豪雨、台風被害等、近年の日本では、かつて経験したことのない大きな自然災害に見舞われています。そうした中で、ペット防災への関心、問題意識も高まっています。数々の被災地でペット支援をご経験された高橋さんに災害対策と避難の現状、今後の課題について伺いました。
※高橋さんの「譲渡活動」に関する記事はこちらをご覧ください。
災害時のペット支援にもきめ細やかな対応が必要
高橋さんが、災害時の動物保護に携わるようになったきっかけを教えてください。
きっかけは2011年の東日本大震災です。当初、保護動物の譲渡会の開催を通じて保護団体さんのサポートをしてきた私たちとしては、翌日に譲渡会が控えていたという背景もあり、直接自分たちが災害現場に行って活動することは考えていませんでした。ところが、ある保護団体さんから福島県に取り残されたペットをレスキューしに行くための車を貸して欲しいと頼まれたんです。詳細をきくと、女性二人だけで行くつもりだと言うので、体力的にもしんどいのではないかと思いました。そこで、私のラグビー仲間を運転手に付け、車をお貸しすることにしたのです。そのとき現地で見聞きした情報をもとに、Do One Goodとして何をするべきかを考え、支援する対象を「飼い主と別れた犬や猫」「ペットを失った人」「ペットの犬や猫と一緒に車中泊または在宅避難した人」という3つに絞りました。特に遅れていたのが、ペットと一緒に車中泊または在宅避難した人への支援です。保護団体さんは動物の保護を第一と考えているので、飼い主さんと一緒に逃げられた動物は大丈夫だと考えられていたからです。しかしながら、当時はまだ同行避難のガイドラインはなく、ペットを受け入れる避難所もあまりありませんでした。その結果、ペットと一緒に車中泊または在宅避難をする方がたくさんいらっしゃったため、この方々を中心に支援活動を行いました。
具体的に、どのような支援活動をされたのでしょうか?
車中泊または在宅避難した人向けに物資の支援を行いました。避難所に届けられた支援物資の中にはペットフードもあり、大袋のペットフードが山積みになったままの状態でした。しかし、避難者は大袋のペットフードを持って帰っても置く場所がないんですよね。そこで、獣医師会では大袋のペットフードを小分けにして、各避難所に届けました。被災者の方のことを思って小分けにしたわけですが、銘柄や対象年齢などのペットフードの情報は書かれていなかったので、結局、あまり使われませんでした。その上、当時は「避難所にある支援物資は、避難所にいる人たちのもの」という認識をお持ちの方が多く、また同時に、在宅避難をしている方も「家がある私たちが避難所に支援物資を取りに行っては申し訳ない」という遠慮があり、必要な人に必要なペットフードが届く状況ではありませんでした。そこで私たちは、発災から2週間後に福島県と宮城県に入り、在宅避難をしている人や駐車場で寝泊まりしている人たちに絞って、ペットフードを届ける支援活動を始めたのです。
ペットフードを届ける際に配慮したことはどんなことですか。
まず最初に、災害が起きるまでにペットが食べていたペットフードについて、一軒一軒回ってリストアップしました。そして、あるペット用品通販会社に協力を要請したところ、そのペット用品通販会社のポイントを持っている飼い主さんからポイントを寄付していただき、ペットフードを用意していただく、という方法で支援を実施することになりました。ペット用品通販会社には、私たちが用意したリストに基づき、住所、飼い主さんとペットの名前を書いたラベルを貼っていただけました。それを私たちが月に1回、現地に届ける、という仕組みです。対象地域は、福島県南相馬市に位置する小池長沼の仮設住宅と、宮城県七ヶ浜町の150〜200世帯ほどでした。そうした支援活動を3年半にわたり行いました。
支援活動を通じて、わかったことがあれば教えてください。
私たちが現地に入り、被災者の方と直接話し合ってわかったことは、災害時の支援は、時間の経過とともに求められることが変化していくことです。災害発生直後は、とにかく食べるものが必要だから、銘柄がわからなくてもペットフードがあれば良しとする。しかし、1週間、2週間と時間が経つと、自分たちの寝る場所も床からダンボールのベッドになり、カーテンで仕切られてプライバシーが確保できるようになってくるなど、生活環境が変わっていきます。ペットは環境の変化によってストレスを感じ、食の好みが変わる場合もあるので、その時に応じたペットフードの変更も必要になるでしょう。医療においても急性期、亜急性期、慢性期※で治療や看護方針が変わるように、災害時の動物保護、支援活動も状況に応じてきめ細やかに変化させる必要があると実感しました。
※急性期、亜急性期、慢性期とは、災害時の医療救護活動のフェーズのこと。
急性期:発災から72時間~1週間。被害状況が少しずつ把握でき、ライフライン等が復活し始めて、人的・物的支援の受入れ体制が確立されている状況。
亜急性期:発災から1週間~1か月。地域医療やライフライン機能、交通機関等が徐々に復旧している状況。
慢性期:発災から1~3か月。避難生活が長期化しているが、ライフラインがほぼ復旧して、地域の医療機関や薬局が徐々に再開している状況。
(※参考:東京都福祉保健局「フェーズごとの災害時のイメージ」)
知恵とネットワークを活かして「同行避難」をサポート
その後の熊本地震では、被災ペットの支援に関して、変化は見られたのでしょうか。
災害時のペット問題は、東日本大震災をきっかけに課題が顕在化しました。福島県で放浪した動物たちが野生化した結果、繁殖や、共食いなどが問題になりました。また、福島県の警戒区域に残された動物を心配して、バリケードを破って入っていく人が現れるなど、いろいろな問題がでてきたのです。そういうことによって、二次被害が起きる可能性があるので、環境省では「同行避難のガイドライン」を作りました。「ペットとは、一緒に避難してください」という趣旨のものです。けれども、飼い主さんたちは「動物は家族だから、一緒に避難所に逃げて一緒に避難所で過ごしてもいい」と誤解してしまいました。環境省が推奨する「同行避難」とは、「ペットとともに安全な場所まで避難する行為」を意味します。それに対して、飼い主さんは、避難所でペットを飼育管理することを意味する「同伴避難」※を推奨していると思われていました。そのため、熊本県内では混乱が起こりました。
(※参照:環境省「人とペットの災害対策ガイドライン」)
「同行避難」と「同伴避難」との違いについては、まだまだ一般的な認識度は低いのかもしれませんね。
そうですね。「同行避難」は、「ペットを置き去りにせずに一緒に逃げてください」ということであって、「一緒に避難所に連れて行ってください」ということではないのですが、避難所で一緒に過ごせると思っている人が多かったのです。しかし多くの場合は同行避難所であり、同伴避難所ではありません。同行避難所でどうやって人間とペットの安心な暮らしを確保するのか。それを国として実証実験するために、環境省では熊本地震の際に、一番規模の大きい避難所の横にエアコン完備のプレハブを3棟置いて、ペットの預かり施設を作りました。避難者は体育館の中で寝て、ペットは体育館の横のエアコン完備のプレハブ施設で寝泊まりし、散歩やごはんは飼い主さんが責任をもって行うという方式です。私たちは、この施設の管理者に対して、運営に役立つツールなどを提供させて頂きました。
2018年に発生した西日本豪雨の際には、どんな支援活動をされたのでしょうか?
岡山県倉敷市の隣に位置する総社市が、ペットを受け入れる施設を作ってくれたため、飼い主さんより高い評価をされました。また、東日本大震災や熊本地震を経験したこの業界の人たちが、ある程度の知識を身につけて現地に入っており、岡山県獣医師会と地元トリマーのネットワークが、一時的に犬や猫を預かれる場所をリストアップして公開するなど、ペットと飼い主さんへの支援活動は大きくステップアップしました。避難所でペットと一緒に過ごすことのできない飼い主さんも、問い合わせをすることで、ペットを預ける場所を確保することができるようになったわけです。一方、私たちは、岡山県の真備町にトレーラーハウスを2台持って行き、避難者たちが日中だけペットを預けられる場所を提供しました。仕事や自宅の掃除、役所に行く間、ペットを預けられる場所を用意しました。さらに、トレーラーハウスの横には、グルーミングカーとドクターカーも並べて、ペットのための避難所サービスのような場所を作り、地元のボランティアの方々に運営をお願いしました。避難所の方だけでなく、在宅避難の方にも利用できる施設のため、たくさんの方にご利用いただきました。
今後求められるのは、飼い主さんの意識改革
さまざまな支援活動を通じて、気付いたこと、見えてきた課題があれば教えてください。
被災され、ペットを預けた飼い主さんの中には、その後の生活が落ち着いてからも引き取りを希望しない方が、私が関わってきた方の中には意外と多くいらっしゃいます。「被災によって家が狭くなったから、ペットにはかわいそう」「ペットNGの住宅に入った」「金銭的にペットを飼う余裕がなくなった」など、理由はさまざまです。その一方で、ペットと一緒に避難生活を乗り越えた人たちからは、「ペットに励まされた」という声が多く聞かれるのも事実です。ですから、私たちとしては、ペットと一緒に避難生活を乗り越えられるような支援をするべきだと思っています。岡山県の真備町で日中だけペットを預けられる施設を設置した背景も、そうした考えからです。これからの課題としては、まずは飼い主さん自身の防災に関する意識を変えること、そして地域に防災のリーダーを育成することです。東日本大震災の時は、ペットの避難場所や預かり先が少ない上に、同行避難の認知度が極めて低く、避難所に避難した後も家に戻れると思われていた方が多くいらっしゃったため、ペットが置き去りになってしまいました。今後、災害時に必要なのは、自助と共助です。そもそも災害が起きた時に、すべてを行政に任せる(公助)のは無理があると思っています。「国や自治体は何をしてくれるの?」ではなく、「自分たちがどのように避難し、どうやって自分の身を守るのか」を平常時から考えておくべきです。
ペットの防災に関する飼い主さんの意識を高めるために、私たちに何ができるのでしょうか?
たくさんの人に参加してもらえる防災イベントを開催するのも手でしょう。災害時には、与えられる物を待つだけではなく、自分たちで利用できる物、人を見つけ、コーディネートしていく力が必要になります。すべて満たされている現代社会においては、自分たちで何かを作っていく意識が低いでしょう。災害にとって何が必要というのではなく、そういう意識の養われる場が必要だと思います。災害時に生き残るために知っておかなければならないことは、災害のためだけに役立つことではない。イベントの中で、おのずと楽しみながら体験できるようにしたいし、飼い主さんは、公助だけに期待するのではなく、普段から仲間や関係者をよりよいカタチで増やしていくように心がけたいですね。そして、地域を仕切るリーダーも必要です。それは、一企業、一コミュニティだけなく、共通のキーワードのもとで大きなコミュニティを作っていくことが求められると思います。
飼い主さんたちへのメッセージ
ペットと同伴避難できる場所か、ペットを預かってくれる場所を最低3か所は用意してほしいです。たとえば、私の場合、最低一週間くらいはペットと車の中で過ごせるように、車中泊ができる大きさの車を持つなど準備をしています。また、私が被災した場合は犬友である知人の家に避難し、知人が被災した場合は私の家に避難できるように、近県に住んでいる知人と話し合いをしています。このように、少し離れた犬友や猫友とつながっておくことも大切かと思います。また、被災時にすぐに渡せるケージや、ペットの飼い方のメモを用意しておき、犬友や猫友に渡せば預けやすいと思います。さらに、勤務先も避難所として利用できるように用意しています。従業員も勤務先に避難してくることも想定して、従業員と避難について話し合っています。このように、私は車中泊、知人の家、勤務先の3か所を用意しています。避難場所の確保も大切ですが、預けた先でのペットの生活のことも考え、物や情報を用意しておくことも大切です。車で一緒に避難するのは自助、実家や宿に預かってもらうのは共助、犬友や猫友の場合は共助であり互助ですよね。あらかじめ自分で用意しておいたペットフードで急場を賄い、それがなくなったら公助に頼るなら良いのですが、最初から公助に頼って何とかしてもらおうということには限界があります。
今、この記事を読んでいただいた機会に、ご自身の大切なペットの防災について、自助、共助、互助を組み合わせた対策の検討を行うなど、マインドを切り替えることが大切だと伝えたいです。
事務所:一般社団法人Do One Good
代表理事:高橋 一聡
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