愛玩動物看護師が、国家資格として認定されるまでの道のり

2021年1月29日

日本動物看護職協会 動物看護師国家資格化推進委員会 委員長
学校法人ヤマザキ学園 理事長 山﨑薫氏


2019年6月21日、国会において「愛玩動物看護師法」が全会一致で成立しました(※1)。そこには半世紀も前に日本動物衛生看護師協会(※2)を設立、動物看護教育を切り拓かれ続けたヤマザキ学園の歩みがあります。長年の悲願だった愛玩動物看護師の国家資格化に尽力された経緯と愛玩動物看護師が認定された背景、ヤマザキ学園での活動と今後の愛玩動物看護師への期待などについて、(一社)日本動物看護職協会(※3)動物看護師国家資格化推進委員会の委員長で、学校法人ヤマザキ学園理事長の山﨑薫さんに伺いました。

 

ヤマザキ学園の歴史は日本の動物看護の歴史

ヤマザキ学園を創立された経緯を教えてください。

創始者である父・山﨑良壽は、第二次世界大戦時に第一期学徒出陣で戦場に赴きました。同世代の若い命が多く失われた悲しい体験から、自らが生きる意味を自問し続けた結果、戦後は将来の日本を担う若者たちへの教育に生涯を捧げる決心をしたのです。そして、当時の女性は仕事を持たず、結婚後は専業主婦として家庭を守るという考え方が一般的でしたので、これからの日本では女性も職業人として自立していくことが大事だと考えました。女性に向く専門職は何かと模索した中で、見出したのが動物のケアや看護の分野でした。当時、欧米にはすでにグルーマーというペットをケアする専門職があることを知り、これこそ女性がスペシャリストを目指すのに向いていると考えたそうです。その根底には、人とペットとが幸せに暮らす平和な時代が永遠に続いてほしいという願いがありました。

1967年、父は「シブヤ・スクール・オブ・ドッグ・グルーミング」を創立しました。それがヤマザキ学園の前身です。当時は、高度成長期の真只中で、ペットとして外国からさまざまな犬種が輸入されてきたのですが、日本ではまだ犬は番犬として外で飼育することが当たり前の時代でした。正しい飼育方法や、接し方すらわからなかったのですね。そこで、グルーマーという確かな技術と知識を身につけ、犬のケアやしつけができるスペシャリストの育成に力を入れたのです。

「シブヤ・スクール・オブ・ドッグ・グルーミング」を創立されたと同時に、現在のNPO法人日本動物衛生看護師協会(JAHTA以下、協会)を創設されていますね。その目的をお聞かせください。

グルーマーは、当時まだ社会に専門職として認識されていなかった新しい職業です。世の中に広く認知してもらい、卒業生たちがプライドをもって働けるようにするには、教育を行なう一方でライセンス制度を確立することが必要だと考えました。21世紀が資格の時代になることも見据え、協会が認定する資格制度をスタートさせたのです。つまり、ヤマザキ学園創立当初から「動物看護師」の国家資格化を視野に入れていたのです。協会が最初に認定したのはグルーミングの資格ですが、私は第一回目の検定試験でライセンスをいただいた7名のうちの一人です。その後、協会は2006年にNPO法人日本動物衛生看護師協会として認可され、アニマル・ヘルス・テクニシャン(動物衛生看護師)やベタリナリー・テクニシャン(動物医療技術師)をはじめ、全6種に及ぶ資格の認定事業を行なうとともに、アメリカやオーストラリアなど海外で動物看護に関わる組織とのネットワークを活かし、第一人者を講師として招聘した国際学会やセミナーなども開催しています。

お父様からヤマザキ学園を引き継ぐことを決心された理由を教えてください。

私は元々、将来アートの道に進むつもりで、サンフランシスコ州立大学クリエイティブ・アート学部を卒業しました。しかし、父が71歳で急逝したことをきっかけに、ヤマザキ学園を引き継ぎました。大学卒業後、帰国してヤマザキ学園で犬の品種やドッグショーの審査について英語の原書を使用した授業を行なうなど、非常勤講師として教壇に立っていたので、学生を指導することへの楽しみ、やりがいは感じていましたが、ヤマザキ学園の経営となると、話は別です。父には、動物看護師の国家資格化とそのために動物看護大学の大学を設立するという大きな目標がありました。その目標を引き継ぐことはあまりに大きく、私がそれを成し遂げることができるか不安で、決心するまで半年程かかりました。

 山﨑理事長が飼育されていたジャム君。

それでも、ヤマザキ学園を引き継ぐ決心をした理由は大きく2つあります。1つ目は、動物を愛し慈しみ、将来は動物に関わる仕事がしたいと思っている学生さんがたくさんいること。2つ目は、動物看護という新しい分野を切り拓くために集まってくださった素晴らしい先生方が大勢いらっしゃること。その両者のために頑張ろうと決めたのです。

さらに、私には留学時代から飼育していたジャム君というヨークシャー・テリアがいたのですが、彼が私の腕の中でキャンと一声泣いて亡くなった際、動物看護師さんが私の腕からジャム君を受け取り、丁寧にシャンプーをして、頭に赤いリボンを結び、綺麗な花を添えて我が家に戻してくださいました。その時、動物看護師さんという存在のありがたさを実感し、世の中に必要とされる動物看護師さんたちのために国家資格化をめざして一生を捧げることを改めて決意しました。


目指したのは「動物看護」の高等教育

2019年6月21日、「愛玩動物看護師法」が成立し、いよいよ愛玩動物看護師が国家資格としてスタートすることになりました。愛玩動物看護師が認定されるまでの背景と、ヤマザキ学園の活動について教えてください。

ヤマザキ学園創立当初から、将来の国家資格化を目指していましたので、そのためには専門学校から高等教育化を実現しなければいけないと考え、まずは、1995年「専修学校日本動物学院」(現在のヤマザキ動物専門学校)を開校しました(認可

文科省申請のための資料写真
文科省申請のための資料写真

は1994年)。そして、この専修学校の認可後すぐに、私たちは大学の開学プロジェクトを立ち上げました。看護は人間に対するものであって「動物に看護学はない」ということが認可の壁となり、約10年間で文部省(現文部科学省)に100回程通いました。通い始めて7年ほど経った頃、「動物看護の4年制大学は前例がないため、短大の開学であればどうか」とのお返事を頂きました。2004年、3年制の短大としてヤマザキ動物看護短期大学(2012年閉学)を開学しました。実は、校名に「動物看護」という言葉を入れることが認可されたのは、日本で初めてのことでした。それまで、日本では動物医療における動物は牛や豚など

ヤマザキ動物看護大学

産業動物が中心で、そうした動物には看護するという概念はないと考えられていたので、専修学校を創立した際には「動物看護」という言葉を入れることができなかったのです。それから徐々に、日本でもペットは家族の一員として認識されるようになり、高等教育機関で初めて「動物看護学科」での認可を頂くことができたのです。専修学校から短大の開学までは約10年かかりましたが、短大から大学設立までは6年かかり、2010年に日本で初めて動物看護学部を有するヤマザキ学園大学(現ヤマザキ動物看護大学:2018年校名変更)が開学しました。日本でもペットが家族の一員として大切に思われるようになった社会背景があると思います。

「愛玩動物看護師法」の成立、愛玩動物看護師の国家資格化に向け、委員会等でのご尽力についてもお聞かせください。

日本で初めて制定されたペットに関する法律は「動物の保護及び管理に関する法律」で、1973年に制定されました。動物の虐待や遺棄の防止、動物の適正な取扱いなどを目指すものでしたが、規制力は弱く、形骸化した状況が長く続いていました。それが大きく変わることになったのは、1999年に「動物の愛護及び管理に関する法律」と改名・改正された法律です。この法律で、初めて「動物は命あるもの」として明文化されたことは、非常に大きな出来事でした。命あるものは人間と同じで、ご飯をあげなくてはならないし、予防接種もしなければなりません。また、具合が悪ければ治療や看護が必要です。ようやく犬や猫の愛玩動物が日本に市民権を得て「動物看護」という概念が認められたのだと、感無量でした。その後、私は環境省中央環境審議会動物愛護部会の委員を務めさせていただき、動物の適正飼養の普及、動物看護師の国家資格化に向け大きな一歩を踏み出しました

 

動物関連産業を担う人材を育てる

2019年には学校教育法において55年ぶりの新学校種となる日本初の専門職短期大学を開学されましたが、すでに専門学校と4年制大学があり、以前に大学開学にともない短大を閉校しているのに、なぜまた新しく短大を設立されたのですか。

端的に言うなら、専門職短期大学設立に名乗り上げることで、この先、人と動物の共生社会を支えるペット関連産業を国がどう評価するのかを確認するための一つの挑戦だった、と言えます。今、日本のペット関連産業は約1兆6,000億円の市場規模が見込まれており、年々堅調な伸びを示しています。ペットが家族の一員として認識される今、動物看護師がケアする対象はコンパニオンアニマルに規定される犬や猫、愛玩鳥だけでなく、その飼い主さんにも及びます。動物看護師は人と動物の健康と安全、幸せを守るために、幅広い分野での活躍が期待されているのです。
そのような社会状況に鑑み、国が動物産業を必要と判断するのであれば、動物看護師も必要とされるはずです。そこで、動物業界と一体となって、これからの動物産業界を担う人材を育てるための専門職短大をつくろうと考えたのです。これは大きなチャレンジで、想像した以上に大変なことでした。2019年度より実践的な職業教育を行なう新たな高等教育機関として「専門職大学」「専門職短期大学」が創設されましたが、設置基準は、必要専任教員数の4割以上は「実務家教員」を置かなくてはならない(※4)ということで、臨地実務実習の受け入れ先企業を探したり、業界での実務実績があり、かつ、博士号を持っている多分野にわたる教授陣を揃えたりと、本当に大変でした。しかし、業界がこの学校を必要としてくれれば、必ず動物看護師の国家資格が成立するはずだという強い信念のもと、創立以来広く築いてきた人脈を駆使して、たくさんの企業からご賛同とご支援をいただけました。私たちが専門職短大の設立申請をした際、新学校種への申請がなされたのは17校あり、その中から新設が認可されたのはたった3校だけでした。そのうちの1つが動物の生から死までをトータルに学ぶ、日本初の専門職短期大学「ヤマザキ動物看護専門職短期大学動物トータルケア学科」だったのです。

専門学校、専門職短期大学、大学という3つの学校の教育内容の特色や輩出する人材の違いを教えてください。

3年制である専門学校では、動物病院やグルーミングサロンで活躍できる即戦力を身につけることができます。動物看護師が国家資格「愛玩動物看護師」になるのに対応して、2021年からは学科名も「愛玩動物看護学科」になります。愛玩動物看護師の国家資格を取得するには、愛玩動物看護師養成所において、3年間の教育を受けていることが条件となりますが、もともとヤマザキ学園の専門学校は将来の国家資格化を視野に入れ、1985年より3年間の教育を行ってきたので、受験資格の基準に対応しています。
次に3年制である専門職短大は、今後の成長分野を見据え、新たな価値を創造することができる専門職業人材の養成を主眼に、産業界を担い活躍する人材を産学共同で育成する目的を持っています。学内での450時間の実習と、学外でも動物関連企業(動物病院を含む)等での臨地実務実習を450時間行ない、国際的に通用する高度な実践力と豊かな想像力を養えるカリキュラムを組んでいます。
そして、4年制の大学は教育と研究の両方を行なう場です。2021年4月からは、これまであった動物看護学科に「動物人間関係学科」が加わり、2学科体制となります。ヤマザキ学園では、建学の精神「生命への畏敬」「職業人としての自立」と教育理念「生命(いのち)を生きる」に則り、動物看護教育だけにとどまらず、人と動物が共生する平和な社会の実現をめざし、新学科を開設いたしました。この新学科も大学開学以来の念願でした。カリキュラムの中には、人と動物の関係学や、アニマルアシステッドセラピー論、アシスタンスドッグ論、動物とアート、ペットビジネス起業論など、ユニークな授業を揃えています。

 

人間と動物が共生する平和な社会を目指す

いよいよ2023年春に第一回目の愛玩動物看護師国家試験が行なわれる予定ですね。現在、動物関連の仕事をされている方も受験できるのでしょうか。

農林水産省令・環境省令で定める基準に則り都道府県知事が指定した、愛玩動物看護師養成所において、3年間の教育を受けたことが受験資格(※5)になります。現職者が受験するためには、5年間の移行期間が設けられ、2年制の専門学校を卒業された方でも、国が定める講習会において予備試験を受けて合格すれば受験資格がもらえますし、教育を受けていなくても動物病院などの現場で実務経験が5年以上あれば、その実務経験を評価し、予備試験の合格を経て受験資格が得られるようになります。

今後、ヤマザキ学園が目指される方向性や未来の愛玩動物看護師像をお聞かせください。

ヤマザキ動物看護大学では、2021年度より動物看護学部に修士課程を新設し、動物看護学領域と動物人間関係学領域の教育研究を行ないます。定員は5名ですが、専任教員は13名で、手厚く準備できたのは感慨深いです。人間と動物の関係をテーマに、動物看護に限らず、他分野の学部からの挑戦が可能です。私自身、大学時代はアートを専攻していましたが、1994年にヤマザキ学園の理事長就任後の1996年、麻布大学大学院で獣医学研究科動物応用科学に社会人入学し、動物人間関係学分野で「秋田イヌの人文および自然科学的解析-日本アキタとアメリカアキタの違いからわかること-」という研究テーマで博士(学術)を取得しました。他分野から、特に美術系から動物看護の分野に進学を希望される方も大歓迎です。動物看護学研究科の多様性のある2領域では研究テーマによっては、他分野の方の出願も可能です。
そして、近い将来は博士課程も準備したいと思っています。論文執筆のためには研究計画書に基づき、専門知識、研究能力、課題解決能力、論理的思考力が求められます。その経験は社会人となった時の問題解決の際に大きなプラスとなることは、私自身が体験して実感しています。
生命ある動物は私たち人間に生きる喜びを与え、人生を愛にあふれた豊かなものにしてくれます。動物の命を大切に思う人が世の中にもっと増えれば、きっと世界中の人々が仲良くなれるはずだと私は信じています。人間と動物が共生できる平和な社会をつくるために、今後の愛玩動物看護師の幅広い活躍に期待しています。

 

<参考>
※1:愛玩動物看護師法の制定について
獣医療の高度化・多様化による、愛玩動物看護の業務に従事する者の資質向上と業美濃適性を図るために、制定された法律。愛玩動物看護師を国家資格とすることで、業務範囲も拡大される。
・環境省「愛玩動物看護師法の概要」
 https://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/doubutsu_kango/index.html
・環境省「愛玩動物看護師の業務範囲の考え方」
 https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/kangoshi/files/q4.pdf
※2:NPO法人JAHTA 日本動物衛生看護師協会について
動物関連の職業を確立することを目指し、動物のスペシャリストのライセンス認定登録の為に設立。人と動物が共生する豊かで平和な社会の構築へ向けて、動物の愛護及び福祉の精神を啓発することを目的とし、資格認定、職業能力の開発と向上、雇用機会の拡充に励む。
 https://www.jahta.or.jp/
※3:(一社)日本動物看護職協会
動物看護に関する学術及び教育の発展、動物医療における動物看護職の職域の確立を図ることにより、動物の健康と福祉の増進及び国民の健康と福祉の向上に寄与することを目的とする協会。
 http://www.jvna.or.jp/
※4:文部科学省「専門職大学設置基準及び専門職短期大学設置基準について」  
 https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/07/30/1395437_03.pdf
※5:国家資格 愛玩動物看護師の受験資格に関する詳細 
 https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/kangoshi/qa.html#jyukenshikaku

 

学校法人ヤマザキ学園

1967年創立。日本における動物看護教育のパイオニアとして54年以上にわたり、建学の精神「生命への畏敬」と「職業人としての自立」、教育理念に「生命(いのち)を生きる」を基盤に、コンパニオンアニマル(伴侶動物)に対する動物看護・ケアの教育研究に邁進。

山﨑 薫氏

サンフランシスコ州立大学芸術学部卒業。麻布大学大学院獣医学研究科修了。博士(学術)・動物人間関係学。
1994年ヤマザキ学園2代目理事長に就任。ヤマザキ学園の動物看護教育と活動がアメリカで高く評価され、2010年カリフォルニア州動物看護職協会の名誉会長に就任。2016年には環境省より「動物愛護管理功労者大臣表彰」を受賞。2018年(一社)日本動物看護職協会 動物看護師国家資格化推進委員会 委員長に就任。(一財)動物看護師統一機構 業務執行理事、(公財)日本動物愛護協会 理事。
著書『生命(いのち)を見つめて』(毎日新聞出版、2020年8月)を出版。