月間1,000名が受講している「ペット救急救命講習」とは?

2021年2月22日

「玄関を開けて帰ってきた時に、いつも駆け寄ってくるはずのペットが来ない。リビングに行ってみると、ペットが倒れていた―」このような状況はいつなんどき起こるかもしれません。その時、私たちは何ができるでしょうか。
今回は、これまで世界中で数多くの人命そしてペットの救助に関わってきたサニーカミヤ氏に、日本とアメリカでのペット救急救命の意識の違い、現在行われているペットセーバー(=救急救命)講習について、そして今後目指していきたいペット救急救命の未来について伺いました。


一般社団法人 日本防災教育訓練センター 代表理事 サニーカミヤ氏

元福岡市消防局レスキュー隊小隊長を経て、国際緊急援助隊員(※1)、ニューヨーク州救急隊員として、これまで1,500名を超える人命を救助。30歳からの22年間をアメリカで過ごし、延べ34カ国で消防防災現場を経験。その後日本で一般社団法人 日本防災教育訓練センター代表理事(※2)、及び、一般社団法人 日本国際動物救命救急協会代表理事(※3)として防災やペット救急救命を広める活動を行っている。

 

「ペットを助けるのは当たり前」
衝撃を受けたアメリカでの動物愛護教育

―ペットの救命救急を日本で普及活動されるまでのきっかけを教えてください。

私が約30年前に消防士として日本で活動していた頃から、災害現場で「ペットを助けてどうするのか」というのは大きな問題でした。こちらとしては助けたい気持ちはもちろんありますが、助けたところで、飼い主さんが負傷して病院搬送されている場合や、不在の場合もありますし、知らない方に託すこともできません。公的な立場である消防士にとっては判断が難しく、答えが出ないままでしたが、その後の渡米がきっかけで、ペット救命救急への意識の差に気付くことになりました。

―なぜ渡米されたのでしょうか?

アメリカでペットの救助方法や救助装備の使い方を学び、日本で活かしたいと思ったからです。日本で救助隊員をしていた頃はまだ、インターネットが普及していませんでしたから、まだ救助装備の活用マニュアル等が広まっておらず、すべて自分で学ばなければいけませんでした。そんなとき、ニューヨーク市消防局の方が指導の為に来日されて、アメリカでは既にマニュアルや使い方のビデオまであるということを知りました。「これは自分がアメリカに行って学んできて、すべて日本に持ってきた方が早そうだ」と考え、渡米を決意しました。㈱近代消防社という消防関係の書籍を扱う出版社に掛け合って、34カ国の消防事情を取材して発信することを条件に海外に行ったという経緯です。

―日米でペットの救命救急について、何が大きく違いましたか?

アメリカでは、例えば家に人がいない間に火災が起こったとしたら、ペットだけでも助けます。それが当たり前であり、アメリカの消防局にはペット救助のノウハウも、ペット用の酸素マスクなどの救急セットも全て揃っており、動物救助専門のチームもあります。アメリカの消防士の訓練カリキュラムの中で18時間の動物を助けるための講習があり、毎年受けなくてはなりません。これは衝撃的でしたね。こういったものは日本では一切ありません。人間であろうが動物であろうが、「命への尊厳」という意識が非常に高いと感じました。

―なぜアメリカではペットの救命意識が高いのでしょうか?

私がアメリカに行った際、もう一つ驚いた「子どもたちへの動物愛護教育」が影響しているのではないかと思いました。ニューヨークで住まわせていただいた家の方が小学校の先生だったこともあり、学校の教育現場を見せていただいたのですが、動物愛護の教育はとても熱心でした。
例えば小学生が社会科見学で、「そこがどういった施設なのか」を知らされずに動物愛護センターに行きます。そして、そこの動物たちが「なぜそこにいるのか」を子どもたち自身に考えさせます。動物が入れられた檻の前には「どこから来た」などの情報が書かれており、騒がしく吠えている犬もいれば、奥で震えている犬もいます。一人ひとり気になる犬の前にいって、「なぜここにいるのか?」「どうすればここに来なくて済むのか?」「もしも自分が入れ替わったらどんな気持ちか?」などを考え、このような施設のない社会が理想であることを感じます。そして今度はグループで「自分たちには何ができるのか」を話し合い、発表します。さらに出てきたアイディアをカレンダーに書き留めていき、年間を通して「Saving animal project(日本語訳:動物保護プロジェクト)」などと題して、小学校と地域が一緒に活動をします。このような意欲的な活動はメディアに取り上げられますから、どんどん広まっていくわけです。こうしたことが子どもの頃から、そして地域のあらゆる世代の人にまで動物愛護精神を広め、根付かせることにつながるんですね。これはアメリカの教育カリキュラムが学校の先生個人に委ねられ、自由に行えることも理由の一つでしょう。
さらに、子どもたちは保護者へも「お母さんが幼かった頃は動物をどうやって助けていたか?」などのインタビューを行います。こうした対話は動物を介した倫理や道徳の教育にもつながっていました。動物をいじめてはダメというのは、対人間でも同じです。それから健康や安全についても考えさせます。例えば家でおもちゃを散らかしっぱなしにしていたら、ペットの誤飲リスクがありますし、他にも危険な遊びや食べさせてはいけない食べ物など、実践的な知識を年間通して少しずつ伝えていくことで、小さいころから当たり前のこととして身に付けていくわけです。

―22年間のアメリカ生活から日本に帰ってこられて、何を感じましたか?

残念だったのは、私が渡米する前から、防災やペット救命の意識が何も変わっていないことでした。もちろん大きな震災を経て、防災の研究は進んでいますが、難しすぎて一般の方に広まっていないわけです。そこで防災のノウハウをもっと伝えなければいけないと痛感し、2015年にPet Tech社(※4)で「ペットセーバー」プログラムのインストラクターの資格を取り、日本で広める活動を始めました。Pet Tech社というのはアメリカ最大のペットの心肺蘇生法や救急救命法を教えている動物救急指導団体です。Pet Tech社の全てのカリキュラムはアメリカ獣医師協会のガイドラインに沿っており、アメリカでは獣医師や動物病院の看護婦や関係者、消防士、警察官、動物事業者、沿岸警備隊等もそれぞれの目的に応じて受講しています。インストラクターの資格を得たのは私が日本で第一号でした。

 

延べ4万8千名の方が受講!「ペットセーバー」講習

―ペットセーバープログラムとはどういった内容ですか?

初心者の方にまず受けていただく『ペットセーバーベイシック&アドヴァンス講習(ペットの救急隊員講習)』(※5)では、ペットの命と健康、尊厳を守るための「ペットの救命救急法(心肺蘇生法/止血法/異物除去法など)」および「ペットの健康と安全の保持」に関する知識・技術を身につけていただき、全課程修了者には国際認定修了証書を発行します。具体的には以下のような内容となります。

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・ペットの観察の仕方
・一次救命処置:人工呼吸(マウスtoノーズ)やCPR(心肺蘇生法)の方法
・気道異物除去
・日常の予防
・ペットの応急手当の基本等ペット救急法の基礎全般
・日常生活におけるペットの事故や怪我の予防
・止血の処置方法
・包帯の使い方
・骨折などの場合の固定、救護、継続観察、搬送
・ペットの防災
・ペットの災害時の心得などについての知識と技術
【約2時間45分 受講費(教材費込み):8,250円(税込)】
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さらに自然災害発生時(大きな地震、水害、噴火)などに自分とペットを守り、助けるための『ペットのレスキュー隊員(ペットセーバーERT:Emergency Rescue Technician 救急救助員)』習も実施しています。

(※講習会のお申し込みをご検討されている方は、コチラ

救命措置については、その場で受講者の方にも実施していただきますので、実践的なスキルが身に付きます。主には犬・猫の飼い主さんで、それぞれの犬種・猫種や鼻の形など体格に応じたやり方を伝えていきます。さまざまなペットの飼い主さんが一緒になって行うことで、コミュニケーションが生まれ、学びが深まっていきます。講習を受けて、実際にペットの救命ができたという方が、報告を受けただけでも20名以上います。

犬種別の練習用に用意されたぬいぐるみ。
犬種別の練習用に用意されたぬいぐるみ。

―どうやって講習を広められているのでしょうか?

最初はSNS等で動画などを使って発信していました。現在東京都世田谷区奥沢に拠点を構えていますが、この地域は動物愛護の感度が非常に高く、すぐに一般の飼い主さんから「ペットの心肺蘇生法を教えてほしい」などの声が掛かるようになりました。それから瞬く間に広まって、今では全国各地で講習会を行っています。現在は毎月約1,000名の方が受講されています。

―どのような年齢・性別の方が受講されていますか?

一般の飼い主さんは、大体30~60代の女性が多いです。また、最近ペット介護も増えているので、そういったペットシッターさんなどのペット関連事業者の方々も受講され、20~40代女性が多いです。それから、特に猫の受講者の中で多いのは、保護活動をされている方ですね。男性ですと、自衛官や消防士、機動隊や警察犬訓練士の方が多いです。また団体ですと、(一社)ジャパンケネルクラブ(=JKC)の訓練士の方々、ペット関連の学校や動物病院からの依頼で獣医師の先生や動物看護師の方々に講習することもあります。トリマーさんやペットシッターさん等、お仕事の内容によって多く遭遇するシチュエーションが違いますので、それぞれに合わせた内容の講習を行っています

―どのような目的で受講されているのでしょうか?

多くの一般の飼い主さんは「いざというときの救命救急処置」や「日常の事故予防と健康管理」を目的に受講されています。怪我や病気になってからではなく、普段の生活の様子から、事故予防や健康チェックを行うやり方です。それから猫の保護活動に携わっている方ですと、多頭飼育崩壊でごはんも満足に与えられずに瀕死になっている場合もあるので、そういった時の対応法を学びに来られます。機動隊や自衛隊は、警察犬や災害救助犬がいて危険な現場に出動することがありますので、危険の予測から緊急時の対応法まで講習していきます。被災地に救助に行った際の苦い経験から、「外で飼育されていて、人に慣れていない犬などをどうやって安全に救助すれば良いか教えてほしい」という方もいらっしゃいますね。
それから、悲しいことですが過去に事故などでペットを亡くされた飼い主さんも受講されます。助けるためにもっとできたことがあるんじゃないかという後悔を抱え、周囲からは新しくペットを飼育することを勧められたけれども、その前にきちんとペット救助ができるようになりたくて受講しに来た、とおっしゃいます。

―受講者の方の反応はいかがですか?

さまざまな反応がありますが、多くの方から言われることは「ペットの心のケアまでやるとは思わなかった」という感想です。例えば自宅で災害にあい、ペットが窒息して倒れてから救助されたとすると、ペットにとって「自宅=苦しくて倒れる場所」というイメージが生まれてしまい、この家に住みたくないと感じてしまうことも考えられます。ですから蘇生したらすぐに、恐怖の記憶を和らげてあげるためにも優しく抱きしめて落ち着かせてあげるといった、ペットの心のケア方法もお伝えします。
ペットセーバーを受講される方は動物愛護の意識が高い方ばかりですから、横のつながりができて、そのままビジネスを始められた事例もたくさんあります。ビジネスでも保護活動でも、出会いの場になっているのです。再受講は2,000円ですから、再受講できて、かつ、コミュニティで輪を広げられるならメリットになりますよね。実際アメリカでの講習会も、コミュニティの場として活用されています。

 

ペット用酸素マスクも、動物愛護も、一人ひとりの気持ちから

―サニーカミヤさんが目指す理想の未来像を教えてください。

動物愛護が広まることですね。日本では1973年に動物の保護及び管理に関する法律(現在:動物の愛護及び管理に関する法律)が制定され、その第三条では「国及び地方公共団体は、動物の愛護と適正な飼養に関し、前条の趣旨にのつとり、相互に連携を図りつつ、学校、地域、家庭等における教育活動、広報活動等を通じて普及啓発を図るように努めなければならない。」(※6)と定められていますが、その活動を私が実際に見かけたのは京都だけです。京都では「京都動物愛護憲章」(※7)というものが独自で制定されており、自治体からも動物愛護への活動に対する意識の高さを感じます。日本全国で、誰もが動物に対して優しい気持ちをもち、きちんと健康管理などの配慮をしてあげられる社会になることが理想です。

―動物愛護教育を広めるとなると、やはり学校からでしょうか?

はい、そうですね。実際に学校の先生も受講されます。大体50歳を過ぎたあたりの方が、同じ教育をするなら動物愛護や救護についてスキルを学び、教育に活かしたいという方がいらっしゃいます。教え方は本当に上手いですから、そういった方が受講してくださるのはいいですね。もちろん災害現場でも人間同様に動物も助けられるようにしていきたいです。

―現在、講習以外にはどのようなことを行なっていますか?

全国の消防車、救助車、救急車にペット用の酸素マスクを常備車載できるように、また動物を消防防災ヘリコプターで救助するためのハーネスを搭載できるように準備しています。それからペットセーバーの本の出版や動物愛護についての教本、映像制作などで、さらに動物愛護の精神やペット救急救命を広めていきたいと考えています。

愛犬のルナちゃんと酸素マスクの取り付けの様子
愛犬のルナちゃんと酸素マスクの取り付けの様子
ペット用の酸素マスク
ペット用の酸素マスク

 

 

 

 

 

 

 

 

【参考】

※1 国際緊急援助隊員:https://www.jica.go.jp/jdr/about/jdr.html
※2 一般社団法人 日本防災教育訓練センター:https://irescue.jp/
※3 一般社団法人 日本国際動物救命救急協会:   
   https://presspage.biz/corporation/8011005008391/
※4  Pet Tech:https://pettech.net/
※5 ペットセーバーベイシック&アドヴァンス講習:ペットの助かる命を助けるために、元国際レスキュー隊員が
  「ペットの救急法」および「ペットの防災、避難所対策等」の講習を行っている。

   https://petsaver.jp/
   ★講習会参加につきましては、下記よりお申し込みください。

   https://petsaver.jp/basic/
※6 動物の愛護及び管理に関する法律:
   https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=348AC1000000105
※7 京都動物愛護憲章:
   https://www.city.kyoto.lg.jp/hokenfukushi/page/0000194276.html