飼い主としての真価が問われる「ペットの災害対策」

2019年4月9日

環境省自然環境局総務課動物愛護管理室
室長 長田啓氏:


環境省では、東日本大震災を契機に自治体が災害対策を考える際の資料として「災害時におけるペットの救護対策ガイドライン」を平成25年6月に発行しました。平成30年3月には、その改訂版として「人とペットの災害対策ガイドライン」を、また9月には「人とペットの災害対策ガイドライン〈一般飼い主編〉 災害、あなたとペットは大丈夫?」を発行しています。それらのガイドラインを改訂や発行するにいたった経緯と方針について、環境省自然環境局総務課動物愛護管理室の長田室長に伺いました。

ペットの災害対策は人の災害対策の一環

平成30年3月に発行されたガイドラインでは、タイトルが「ペットの救護対策」から「人とペットの災害対策」へと変わっています。その意図を教えてください。

東日本大震災を契機に発行された自治体向けガイドラインは、熊本地震の経験を踏まえ改訂された(環境省HPより)

「人とペットの災害対策ガイドライン」は、「災害時におけるペットの救護対策ガイドライン」に、熊本地震での対応の経験などを加えて、改訂版として発行したものです。旧版の名称はペットの救護が前面に出たものになっていましたが、ペットの災害対策は人の災害対策の一環として行われるものであることを明確にするために、「人とペットの〜」に変更しました。そして、災害時には、自分とペットが生き延びるために、自分自身で準備して行動する「自助」が最も大切であることを再度強調しています。

事前の連携が迅速な対応につながる

「人とペットの災害対策ガイドライン」において、旧版から訂正や加筆された部分を教えてください。

まず、救護対象とする動物と活動の対象地域を明確にしました。救護活動の対象となる動物は、基本的に「飼い主とはぐれたり共に被災したりしたペット」としていわゆる野良猫や野良犬は含まないこと、活動の実施地域は被災地に限ることを明確にしました。これは、以前に救護活動の対象地域を被害のない地域にまで広げ、野良犬や野良猫などの動物まで救護対象としたことで混乱を招いた経験がもとになっています。

そして、自治体が行う災害時のペット対策の意義を明確にしました。被災者を救護するという観点から、災害時にも被災者の方がペットを適切に飼育管理できるようにし、飼い主さんの早期自立を支援するものであること、また、ペットを飼育しない多くの被災者の方々とのトラブルをできる限り少なくし、すべての被災者の方々の生活環境の保全を図ること、などとしています。

また、災害時に自治体は人への対応で多忙を極めるため、直ちにペット対策をとることは困難なことが多いといえます。このため多様な機関や団体と連携し協働することが重要であることも明記しています。地域の獣医師会などが率先してペットの救護活動を主導できるような体制を前もって整えておくことの重要性や、民間の支援団体の活動をコーディネートする機能も準備しておく必要性を説明しています。特に、熊本地震のような直下型の地震の場合は、県庁や獣医師会が被災する可能性もあり、そうしたケースに備えて広域連携の仕組みを作り、平時から災害対応の訓練をしておくことが大切だということも加えました。

平成30年9月に「人とペットの災害対策ガイドライン〈一般飼い主編〉 災害、あなたとペットは大丈夫?」を発行された経緯を教えてください。
これまでのガイドラインは、自治体が地域の実情にあった災害対策を計画する際の参考資料として作成したものですが、〈一般飼い主編〉は「人とペットの災害対策ガイドライン」をもとに、一般の飼い主さんのために小冊子として新たに作成したものです。「災害、あなたとペットは大丈夫?」という副題がついているように、飼い主さんへの啓発や普及を考え、人とペットの災害対策を、読みやすく、わかりやすく説明しています。

繰り返さないためにどうすべきか? 過去の災害時に起きてしまった事実

過去のペットの被災事例について、特に多い事例や問題視されている事例はありますか?
ペットの飼育方法には地域差があり、犬も猫も室内で飼っている場合は それほど大きな問題が生じない場合もあるのですが、普段からしつけが行き届きにくい外飼いの犬や、家と外を自由に行き来する猫のように、奔放な飼い方をしている場合には、問題が起こりがちです。たとえ飼い主さんがペットと一緒に無事に避難したとしても、ペットが逃げてしまう、ケージに入らない、ほかの人や動物に寛容になれない、いつも吠えてしまう、衛生上の問題があるなど、ほかの被災者の方との間でトラブルが起こる例が多くみられます。

震災時には多くのペットも避難生活を送る(環境省HPより)

ペットのしつけがしっかりできていない飼い主さんの中には、ほかの被災者の方への気遣いから、車中でペットと過ごす方も多いですね。そうなると、飼い主さんのエコノミークラス症候群や夏の熱中症などが心配されます。また、しつけができているペットであっても、災害という異常な状況下では、人間と同様に相当なストレスを感じるため、普段と違う行動をとったり体調を崩すこともよくあります。そうした面も常に注意しなければなりません。

被災事例としては、東日本大震災の時は外に繋いで飼っていた多くの犬が津波で流されて亡くなりましたし、飼い主不明で家に帰れない猫が多く出ました。その後、各地で起こった地震や豪雨被害などの際には、飼い主がペットを置いて避難したため、ペットの保護や飼い主への返還、所有者がわからないペットの譲渡などに自治体が苦慮したケースも多くみられました。

災害時に動物向けの救助物資を運搬する車が被災地に入れなかったと聞きましたが?
たしかに、東日本大震災の初期にはガソリン不足も加わり、運搬車両が被災地に入れず、ペット用の救援物資がすぐには届かなかったということがありました。けれども、その後の熊本地震の際には、VMAT(ブイマット)(※)の緊急車両が駆けつけて、緊急対応にあたっていました。スタッフは全員VMATのユニフォームを着用しており、VMAT の表示がある車両でしたから、スムーズに被災地に入れたのだと思います。
※VMAT(ブイマット)とは、2013年に福岡県獣医師会の獣医師が中心となって立ち上げた、全国初の災害派遣獣医療チーム。

自己責任での「同行避難」と「同伴避難」

今回の改訂版では、ペットとの同行避難について特に強調されています。その背景をお聞かせください。
東日本大震災が起こる以前から、「同行避難」、つまり避難する際には自己責任でペットを連れて安全な場所まで避難することの重要性が叫ばれてきました。平成25年のガイドラインでは、その普及を目的に置いて、そのために必要なしつけや物資の備えを解説しました。その結果、「同行避難」という言葉がかなり知られるようになり、実行される方も増えました。しかしながら、その一方で「同行避難」をすればあとは行政が助けてくれるだろうと思われる方も出てきて、熊本地震の折には避難所で問題になったこともありました。

一般飼い主向けに発行されたガイドラインでは同行避難を明確に説明(環境省HPより)

したがって、再度、飼い主さん自身の身の安全確保を前提に、自己責任のもとで行う「同行避難」を明確に説明しておく必要があったのです。また、同時に熊本地震の際には、「同伴避難」という言葉も出てきました。「同伴避難」とは、避難所などが被災した方と一緒にペットを受け入れ、少なくともその敷地内でペットが飼養できる環境にある状況を言います。しかし、避難所の構造的な状況などから、全ての避難所で実現するのはなかなか難しいのが現実です。このような中でも、ペットを傍らに置いて避難生活をすることが「同伴避難」だと思い込んでいる方が多いので、これも問題になりました。

人間の被災者が溢れる中で、ペットも避難できるように

各自治体レベルで受け入れ態勢を整備する上で、課題となるのは? 今後の推進のための対策をお聞かせください。
災害対応ではこれまでに「同行避難」を推奨してきましたが、その後の避難生活を考えると、避難所や仮設住宅でのペットの受け入れが必要になってくると思います。また、病気になられた飼い主さんから一時的にペットを預かるシステムも必要でしょう。しかし残念ながら、避難所を実際に運営する小さな単位の自治体などでは、ペットのことまでもは準備できていないことが多いのが現状です。

災害が起きると、必ずといっていいほどに「ペットを連れた被災者」が生まれ、そうした方々が避難所に避難して来られるわけですから、少なくともなんらかの対策を考えておく必要があることは確かです。環境省では、熊本地震の際には、熊本市に対して仮設住宅を造る際にペットの飼養をOKにしていただきたいとのお願いをしました。なお、2018年からは、全国の獣医師会と行政の方を対象とした災害時の「広域支援と受援」についての研修を行っています。

近年では、ペット連れの防災避難訓練を行う自治体も増えていますが、仙台市では、東日本大震災の前からペットの同行避難訓練を行っています。
被災者の中にはペットを飼っている方が含まれるわけですが、平時にはそのことに思いが至らないことがあります。小さな自治体や避難所の管理者となる小中学校などでも、普段から「災害時のペットのことを考えておく」ということが重要だと思います。加えて、地域の獣医師会や民間企業、団体などとも連携して、一時的にペットを預かる方法も考えていきたいと思います。

災害が起きたときこそ、飼い主の真価が問われる

最後に、ペットの飼い主さんへメッセージをいただけますか?
なにはともあれ、まずはペットのしつけをしっかりとしていただきたいです。加えて、迷子になった際のことも考えて、ペットには鑑札や狂犬病予防注射済票、名札をつけましょう。マイクロチップを入れておけばさらに安心です。避難用品は人間の分だけでなく、ペットの分もご用意いただきたいです。ペットフードは日頃から備蓄しておきましょう。すべての避難所がペットを受け入れられるとは限りませんし、「避難所に行きさえすればあとは行政がやってくれるだろう」と思うのは間違いです。あらかじめ、自治体に「災害時にペットの受け入れはOK ですか?」と問い合わせておくのもいいでしょう。問い合わせが行政側の意識の高まりにつながるかもしれません。

大切なのは、ご自身がペットの命を任されていることに責任を持って、ご自身の飼い方とペットの状況に合った「同行避難」の方法を模索しておくことだと思います。普段からご自身の力で実施できるように準備し、災害時には行動することが重要です。

災害が起きると、きちんとした飼い主さんかそうでないかが、否が応でもわかります。災害が起きたときこそ、飼い主の真価が問われるといってもいいかもしれません。

今、災害が発生したら、あなたの飼っているペットをすべて連れて避難することができますか?

 

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