ペットの長寿化に必要なインフラづくり ~老犬・老猫ホーム「あにまるケアハウス」
創業1970年、ぺット関連アイテムの卸販売を営んできたジャペル株式会社が、2021年4月、埼玉県加須市に約340坪のドッグランを備えた老犬・老猫ホーム「あにまるケアハウス」をオープンさせた。卸売業を本業とする企業が、なぜ今「ペットの介護」という課題にビジネスとして挑戦するのか。その意図と理念、ホームの特徴と今後の展望についてお話をうかがった。
「ペットと共に生きる生活」を支える
ジャペル社の沿革と「あにまるケアハウス」を作られた経緯を教えてください。
弊社は現在ペット関連商品を小売業様に供給する中核の卸売事業の他、ホームセンターなどの大型商業施設内にペットショップを展開する小売事業、高品質なペットフードやペット用品を販売するメーカー事業を全国で展開しております。
そのなかで、近年、深刻な問題として実感するようになったのが、犬や猫の高齢化に伴う問題です。昔なら犬や猫は10歳で長寿という感覚でしたが、今は平均して15歳くらいまで寿命が延びています。その理由としては、ペットフードの高品質化による食環境の変化、ワクチン接種の普及や医療の進化、外飼いから室内での飼育といった住環境の変化などがあると思います。もちろん、ペットの寿命が延びたこと(※1)はたいへん喜ばしいことではあるのですが、一方で高齢化に伴い、認知機能の低下やがんなどを発症するペットが増えているのも事実です。
特に認知機能が低下すると、トイレがいつもの場所でできなくなる、夜鳴きが激しくなる、徘徊をする、自律歩行が難しくなるなど、さまざま症状が現れてきます。そうなると、飼い主さんがつきっきりでケアしなければならなくなりますし、鳴き声でご近所に迷惑がかかれば家で飼育し続けるのが難しくなります。また、私たち人間の高齢化も進んでおりますから、飼い主が入院するとか亡くなるなどの健康上の問題によって、ペットの飼育継続が困難な状況に陥る場合もあります。
しかし、現状では高齢によるケア・介護が必要になった犬や猫を預けられる施設は少なく、10歳を超えたシニア世代の犬や猫になると、環境の変化による体への負担の理由からペットホテルでのお預かりもお断りされるケースも多いようです。
全国で事業を展開する中で、このような状況を伺う機会が多くなったことが、「あにまるケアハウス」を立ち上げたきっかけです。ペットと共に生きる生活を楽しむためには、高齢化によって起こる問題を解決するためのインフラ整備が不可欠であると痛感したわけです。
老犬・猫ホーム事業の本業へのシナジー効果についてはどのようにお考えでしょうか。
最初は本業への効果を考えて始めた事業ではありませんでした。長年ペット産業に携わってきた企業としての責務といいますか、社会貢献事業として始めるべきという考えから発したものです。
正直なところ、初めからビジネス的な採算を重要視したなら、まだまだ始められなかったかもしれません(笑)。もちろん、継続して社会に貢献していくためには事業を軌道に乗せることは大切ですが、今までになかったビジネスモデルなので、すべて手探りからのスタートでした。考えて立ち止まるより、まずは走り始めてみる。そして、走りながらノウハウを蓄積していこうと考えました。
ちなみに、現在国内でペットとして飼育されている犬の約55%が高齢期(7歳以上)の犬(※1)であるといわれています。シニアペットのケア事業は、見過ごすことのできない喫緊の課題なのです。弊社は、今後ペットをご家庭に迎え入れるところからシニア期・終末期のケア・介護まで、一貫して飼い主さまをサポートする事業を手がけてまいります。
最期の時間を自由に心地よく過ごせるように
施設の特徴と加須にオープンした理由をお聞かせください。
ペットは飼い主さまにとって大切なご家族の一員です。犬や猫にとってご家庭と同じ、もしくはそれ以上に快適で安心できる場所であること、そして飼い主さまが安心して大切なご家族を任せられる施設でなくてはなりません。そのために必要だと考えたのが環境です。当施設は犬が太陽の下で自由に動き回れる広いドッグランを備えております。さらに、犬や猫が暮らす場所も、床がコンクリートの「犬舎」「猫舎」というイメージのものではなく、お家のリビングのような絨毯敷きの広々としたドッグルーム、キャットルームにしたいと考えました。
そうした想いを叶える最適な場所として選んだのが、埼玉県加須市です。都心とは違い、周辺の住宅とはある程度の距離が保て、ドッグランも作れる広い土地を確保することができました。さらに、東北自動道の加須インターから近いので、飼い主さまが首都圏近郊から車で来園されるのにたいへん便利なのです。
ドッグランの併設にこだわられた理由はなんでしょうか?
人間においては、日光浴をして目から太陽の光を体内に取り込むことが、認知症の予防や進行の抑制に役立つといわれ、犬にも同様の効果があると考えらえています。
そもそもシニア犬の場合は、若年層の犬のようにドッグランで快活に走り回るわけではありませんが、太陽の光を浴びて、自分のペースで犬本来の習性である様々な匂いを嗅ぎ、音を聴きながら歩き回ること、好きな場所で休むことが、認知症予防と進行の抑制、さらに寝たきり予防につながると思います。そこで、ドッグルームのテラスとドッグランはスムーズに行き来できるようにしてあります。自分で動ける子は、朝からドッグランに出て自由に動き回り、外でトイレをすることができます。
また、約340坪の広いドッグランを2つに分け、犬の相性や体調に合わせて入れる犬を区別することで、それぞれの犬にストレスがかからないよう配慮しています。
飼い主さまに代わってご家族のケアを
飼い主が愛犬・愛猫を預ける理由で多いのはどんなことでしょうか?
お預かりしている犬と猫の比率は、9対1の割合で犬のほうが多いですね。
犬の入所理由で多いのは、認知機能の低下や自立歩行が困難で寝たきり状態になり、飼い主さまご自身でケアすることが難しくなったことです。とくに認知機能の低下では、夜中でも吠え続けてしまう、徘徊してそこら中に排泄してしまうといった症状がよく聞かれます。人間の場合も同じだと思いますが、介護はいつまで続くかわからない、出口の見えない戦いでもあります。家族として最期まで世話をしたい気持ちはあるものの、様々な状況を考え、お預けになることをお決めになるのです。
また、高齢の飼い主さまが介護状態になったり、急に亡くなったりした場合もあります。お子さまなど飼育を引き継ぐ方のお住まいがペットNGだった場合や、ご家族にアレルギーのある方がいらっしゃってペットを飼えない場合などですね。
更に短期間のお預けでは、飼い主さまご自身が病気で入院されることになり、その間の数か月間だけお預けになる方もいらっしゃいます。当施設では、お預かり料金を日帰りから365日プランまで、期間に応じたプランを用意しておりますので、飼い主さまのご都合に応じてお預けいただくことができます。
いずれにしても、当施設では入所をお考えになっている飼い主さまには、必ず一度来園していただき、施設を実際にご見学いただき、実際にスタッフがケアしている様子をご覧いただくことにしています。その結果、みなさまに安心してご入所をお決めいただいております。
スタッフの方はどんなプロフィールの方々ですか?
当施設を始めるにあたっては、社内にチャレンジしたい人材を全国から広く公募しました。スタッフは、現在5名。動物専門学校で動物のケアやドッグトレーニングを学んだ人、大学で獣医学と動物行動学を学んだ人など、みんな動物に対して深い愛情をもち、高齢ペットのケア・介護という新しい分野を開拓することにやりがいをもっているメンバーばかりです。
入所中の飼い主さまへの報告はどのように行われているのでしょうか。
入所中は、週に一度、もしくは数週間に一度は、ホームに愛犬・愛猫に会いにいらっしゃる飼い主さまが多いのですが、入所期間が短期・長期にかかわらず、すべての飼い主さまにはSNSを使って頻繁に愛犬・愛猫の状態をお知らせしています。
ちなみに、入所している犬や猫の様子は、カメラで24時間いつでも観ることが可能で、なおかつスタッフがみんな施設から至近距離のところに住んでいるので、急な体調の変化にも対応してくれております。
もし、急に具合が悪くなったり、容体に変化が見られたりしたら、飼い主さまにご相談のうえ、提携している動物病院に連れて行き適切な治療を受けています。
そうして一生懸命ケアをしていても、いずれは看取りの時がやってまいります。スタッフから入所中の思い出をお話ししながらゆっくり時間をとってお別れしていただけるよう配慮しております。
ペットにも予防医療の普及を
ホーム事業を始めてみて気づいたシニアのペット事情などありましたら、今後の展望とともに教えてください。
シニア犬・猫のケアに関してお困りの飼い主さまは、首都圏だけでなく全国に多くいらっしゃるはずです。まずは、ここ埼玉県加須市でビジネスとしても成り立つノウハウを蓄積し、今後は少なくとも全国の主要都市にシニア犬・猫のホームを展開したいと考えています。
さらに今後はシニア期のペットとの向き合い方をもっと定着させていきたいと思います。ペットはシニア期に入っても外見は大きく変わりませんが、人間と同じ動物なので体や脳の老化は徐々に進行していきます。飼い主が明らかな外見や行動など、体調の変化に気づいた時には状況が進行しており、共に負担の大きい生活を送らなければならない場合が多いのです。
まず、シニア期に入ったら定期的に動物病院で健康診断を受けてもらい、外見だけではわからない加齢に伴う内臓機能や筋肉量の低下・関節の稼働領域の低下など、少しずつ変化していくペットの体の状態を飼い主様には把握しておいていただきたいです。その上で食事の管理だけでなく、積極的に体を動かしたり、脳に刺激を受ける時間を設けるなど、これまで以上にペットの立場に立った生活環境や過ごし方を見つめ直し、介護が必要な時期をなるべく短くなるようにしていただきたいと思います。
そしてそれを実現するための様々な情報、サービス、モノのご提供に力を入れていきたいと考えております。ペット業界で培ってきたさまざまな企業とのパートナーシップを生かし、ペットと飼い主双方が最後まで幸せな日々を送れるようにしていきたい。そうした啓蒙活動も長くペット業界に携わってきた企業としての使命であると考えております。
【参考】
※1 一般社団法人ペットフード協会「令和3年 全国犬猫飼育実態調査」主要指標サマリーより