高齢者がペットと暮らすこと ―現状・課題・サービス・終生飼養

 

(一社)ペットフード協会によって行われた2020年全国犬猫飼育実態調査(※1)によると、60代の犬の飼育率は2019年と比べて顕著な低下が見られた。しかし、ドイツの社会経済調査とオーストラリア国際社会科学調査に基づいて行われた調査によると、ドイツでは年間50.59億ユーロ、オーストラリアで年間38.6億ドルもの医療費削減の効果も算出されているため(※2)、高齢者にとってペットを迎えることは精神面・肉体面・認知症予防などの観点から、効果がある。一方で、高齢者が自身の体力や健康面などの問題から、飼育を継続することが困難になるケースも課題となっている。ペットのお世話を最後まで行う義務があることを認識し、ペットを迎える際には、その命を終えるまで適切に飼養する「終生飼養」の責任がある。本記事では終生飼養の義務とペットと触れ合うことによる高齢者とペットへの効果について説明する。

 

もくじ

 ・ペットがもたらす高齢者への効果について

 ・多様化するペットサービス

 ・終生飼養について

 ・さいごに

 

高齢者とペットの双方において触れ合いを通じたメリットが確認されている。

 

ペットと触れ合うことによる高齢者へのメリット

  研究結果 参考文献
 

アニマルセラピーを受けた高齢認知症患者はアニマルセラピーを受けていない患者と比較し、社会性の向上(周囲とのかかわり方が増える、発言が増える、笑顔になる、犬に関心を向けるなど)が見られた

『認知症高齢者に対するイヌによる動物介在療法の有用性』2008年 岡山県立大学 太湯好小教授、他3名

高齢者施設入居者37名がセラピー犬との触れ合いを通じて、睡液中の「幸せホルモン」オキシトシンが平均135%増加。セラピー犬との触れ合いで喜びが持たされると実証された

 『アニマルセラピーを通じた高齢者とセラピー犬の触れ合いが双方にもたらす変化』2019年 ユニ・チャーム㈱、東京農業大学 太田光明教授、他3社


ペットの飼育経験があり、接触や愛着度が高い高齢者にIADL(手段的日常生活動作)障害をもつ割合が相対的に低かった  『在宅高齢者におけるコンパニオンアニマルの飼育と手段的日常生活動作能力(IADL)及び尿中17-KS-S,17-OHCS値との関連』2001年 筑波大学 医学研究科 齊藤具子
犬を飼育することは、飼育者の体の各数値の改善、身体的行動の減少や通院の減少に強く関連している。 『Dog Walking, the Human-Animal Bond and Older Adults’ Physical Health』2017年Angela Curl,他2名 

 

日本の人口に占める65歳以上の高齢者の割合が増加し、2020年現在、28.7% となった(※3)。そのうち認知症有病率は17.2%(※4)で、6人に1人程度が認知症有病者と推計されている今、認知症高齢者との付き合い方や症状の緩和方法に悩まされている方も多いのではないだろうか。下の表では、アニマルセラピー犬との触れ合いにより認知症高齢者の社会性の向上に変化が見られたことがわかる。

 

▼ 研究対象
  介護施設に入居中の認知症高齢者19
▼ 研究手法
  ・10名はアニマルセラピーを実施し、9名は通常通り過ごしてもらった
  ・両グループの行動の変化を観測し、それぞれのグループで改善された人数の割合を比較

(参考) 2008年『認知症高齢者に対するイヌによる動物介在療法の有用性』
     岡山県立大学 太湯好小教授、他3名

社会性の向上が確認された通り、認知症高齢者にとって犬は生活の支えとなり、暮らしが豊かになることがわかる。また下記の表のとおり、犬にとっても「幸せホルモン」といわれるオキシトシン分泌量が増加していると判明されていることより、犬も生活に喜びを感じていると推測され、双方にとってメリットをもたらすといえる。

 

ペットと触れ合うことによるペットへのメリット

研究結果 参考文献
セラピー犬35頭が高齢者施設入居の高齢者との触れ合いを通して、「幸せホルモン」オキシトシンが平均39%増加。オキシトシン分泌量が増加したことから、人と触れ合うことにより喜びを感じていることが分かった。 『アニマルセラピーを通じた高齢者とセラピー犬の触れ合いが双方にもたらす変化』2019年 ユニ・チャーム㈱ 東京農業大学 太田光明教授 他3社

(参考)『人と犬の触れ合いによる効果を研究、人と犬の双方の幸せホルモン増加を実証』
2019年 東京農業大学 太田光明教授

 

また、犬を飼育している高齢者は犬を飼育していない高齢者と比較しBMI 値が低いことが確認された。さらに、犬の飼育者の方がエクササイズに積極的に参加するなど、1週間当たりの身体的行動回数が多いと確認された。

▼ 研究対象
  50歳以上の男女40,000人の犬の飼育者及び非飼育者を対象
▼ 研究手法
  BMIの測定値やアンケート形式にて調査

(参考)『Dog Walking, the Human-Animal Bond and Older Adults’ Physical Health』
2017年Angela Curl,他2名 

これまでの研究結果により、動物と触れ合うことは高齢者へのフレイル(※)予防にもつながると推測される。

フレイル:平成26年、(一社)日本老年医学会が提唱した概念。Frailty(日本語訳:虚弱)から造語された。健康な状態から要介護状態までの中間的な段階を意味し、身体的機能の低下や認知機能障害に陥りやすいなどの症状のこと。適切な治療や予防により、介護予防が進み、要介護高齢者の減少が期待できるとされている。

 

ペットと人の高齢化に伴い、多様なサービスが展開されている。高齢者や高齢ペットが利用できるサービスをまとめた。

  サービス名 詳細

最後まで世話が
できない /
飼育者が先立つ

老犬・老猫
ホーム
老犬・老猫を預かり介護するサービス
ペット同居型
サービス付き高齢者住宅
ペットと同居できる
サービス付き高齢者住宅
ペット信託 現金/ペットを信託財産として、
飼育者が亡くなった際の
ペットの世話をするサービス
ペット一生預かり ペットを一生お預かりするサービス
その他 マッチング 高齢犬と高齢者のマッチングサポート
ペットレンタル 期間限定のペットレンタル
ペット保険 ペットの通院・入院・手術費用
を保険でカバー。

 

 

動物の愛護及び管理に関する法律第7条4項において「動物の所有者は、その所有する動物の飼養又は保管の目的等を達する上で支障を及ぼさない範囲で、できる限り、当該動物がその命を終えるまで適切に飼養すること(以下「終生飼養」という。)に努めなければならない。」と明記されているとおり、飼い主は愛情と責任を持って、ペットが寿命をまっとうするその日まで、適正に飼育する責任がある。高齢者とペットが安心して暮らしていくためのペットの「終生飼養」への備えについて紹介する。

ペットの終生飼養への備え
①通院や入院など突然の事態への備え


 ▶ 一時預かり場所を確保   
   親戚 / 近所 / 友人 / 民間事業者など
 ▶ ペットを預けるための準備   
   ワクチン接種  / しつけ / ごはん / 生活用品 / 衛生用品など  
 ▶ ペットに関するメモを作成しておく
   性格 / 服用中のお薬 / 病気の症状 / 好きなもの / 注意事項など 
 ▶ ペットへの遺言書の作成  
   ペットの託し先、ペットへの財産など法的に有効な遺言書を作成。
    ※託し先より、予め承諾を得てください。

 

②要介護状態への備え


 ▶ 新たな飼い主を探す
 ▶ ペット信託を利用する
 ▶ ペットと入居できる介護施設に入居する
 ▶ 老犬・老猫ホームに預ける

(参考)東京都福祉保健局健康安全部環境保健衛生課 『ペットと暮らすシニア世代の方へ』
福岡県保健医療介護部生活衛生課『高齢者とペットの安心した暮らしのために』

大切なペットと幸せに暮らしていくために、日頃からペットの将来を考え、できることから備えていくことが大切だ。

 


ペットと暮らすことは、ペットにも高齢者にもメリットがあるが、ペットを迎える際には、その命を終えるまで適切に飼養する「終生飼養」の責任がある。また、自身の不測の事態に備え、ペットが生涯、継続して安全にそして安心して暮らせるための環境を準備しておくことも非常に重要である。また、本記事ではアニマルセラピーの研究結果をいくつか用いているが、自身で飼育することが困難な場合、アニマルセラピーの活用やペットの世話をお手伝いするボランティア活動などを通じてペットと触れ合うこともできる。

 

 

(参考)
※1 (一社)ペットフード協会 2020年全国犬猫飼育実態調査
※2 (公社)日本中医師会副会長 村中志朗 伴侶動物飼育数減少とその課題 ~高齢者の動物飼育支援
※3 総務省統計局 全人口における65歳以上の高齢者の割合
※4 厚生労働省 平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 九州大学 二宮教授 日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究