ペット可特養「さくらの里山科」による、諦めない介護(後編)
施設長 若山三千彦氏
さくらの里山科:
さくらの里山科は、社会福祉法人「心の会」が運営する特別養護老人ホームである。同法人は「ご高齢者様に人生を楽しんで頂きます。老後を心豊かに過ごして頂きます」を理念とし、高齢者在宅福祉施設や知的障害者施設などを運営している。なお、公益財団法人日本動物愛護協会の第8回日本動物大賞社会貢献賞を受賞した(2016年2月)。
前編では、動物と暮らすことで入居者にもたらされる良い影響について中心に伺った。後編では、今後の展望と若山氏が考える介護業界の問題点について詳しく伺う。
前編をこちらから読む
定年の両親が全財産を老人ホーム設立へ注ぎ込んだ!?
若山さんが福祉に携わることになったきっかけは何ですか?
この社会福祉法人は父親が定年を迎えた時に両親が設立しました。もともとボランティアが好きな両親でして、数々の老人ホームでボランティアをしていました。そのような活動を続ける中で「老人ホームでの生活は高齢者にとって本当に幸せなものだろうか」と疑問に思ったようです。それならば自分たちで作るしかないと決意して定年を期に、「社会福祉法人を創るから、退職金どころか家も何もかも全てつぎ込むけどいいね?」という経緯でこの法人ができました(笑)。
その頃、私は介護と全く関係のない高校教師として、物理と化学を教えていました。設立準備の段階で両親が遠方の老人ホームを見学に行くために、私は車を出すなど多少の手伝いはしていたものの、当初は関わるつもりはありませんでした。しかし、老人ホームで高齢者の生活を見ているうちに、当時の介護への問題意識が芽生えてきたのです。そこで私は、高齢になって介護が必要になった方でも普通の人と同じように、「人生を楽しむことをあきらめない介護」を目指したいと思いました。
ホームで飼育している犬猫の多くは、保護された動物たち
「あきらめない介護」を目指す上で動物の受け入れを決めたとのことですが、どのような手順と選定基準で受け入れを行っているのですか?
ホームで飼っている子の多くは、愛護団体の「ちばわん」さんから譲り受けた子たちです。受け入れの手順としては、「ちばわん」さんが犬猫を保護して人間との生活に慣れるような訓練をした後、当施設と相性のよさそうな子を選んでいただいています。その後、入居者との相性確認を経て受け入れの決定をします。
特に高齢や病気など、里親が見つかりにくいペットを優先して引き取っていますが、飼育の面で他の子と違う難しさはありません。
人間でいうPTSD(心的外傷後ストレス障害)を持っていて現在訓練所に預けている子が1匹います。基本的にはとてもいい子なのですが、時どきパニックになって人を噛んでしまうことがあります。専門家に相談したところ、適切な訓練をすれば対処ができると言われたので訓練中です。
このような話をすると「なぜ保護犬にしたのですか」というようなことをよく聞かれるのですが、特別な理由はありません(笑)。むしろ、ホームの子として犬や猫を迎え入れようと考えた時、ペットショップで購入するという発想がなかったと言う方が正確かもしれません。
ペット可 特養ホームの増設に立ちはだかる壁
189人が犬・猫ユニットへの入居待ちになるほど人気な「さくらの里山科」ですが、今後、ペットと一緒に同居できる老人ホームを増やす予定はあるのですか?
犬・猫ユニットはそこを希望する方のみが入居対象となっていますが、一般希望と合わせると約300人が入居待ちをしている状態です。当ホームへの入居を強く希望される方以外は、このホーム以外にも3、4施設を予約をされているので、実際の入居待ちは数十人程度だと思います。
他にも動物と入居できる施設を作りたいとは思いますが、介護報酬の切り下げに伴い、ぎりぎりで経営をしている状態ですので、新しい施設をつくる余力は今のところありません。どこも経営的に非常に厳しい状況に追いやられている一方、入居者が多いことやスタッフに負担がかかることから、余剰サービスを提供するメリットは経営者や法人側には全くありません。
ペットのいる環境で働きたい!スタッフの採用にも影響しているペットの存在
そんな中、動物のいるユニットで働くことを希望される方は、どのようなスタッフの方が多いのですか?
このユニットで働いているのは、動物のいるユニットで働くことを自ら希望された方です。業務の絶対量は他のユニットと比べて多く、スタッフの負担は大きくなっていると思いますが、それでもこちらがいいという方は多いです。
介護分野は「究極の人手不足だ」と言われていますが、犬・猫に関する部分では多少スタッフを採用しやすいと思います。先程お話した現状ですので、「ペットと入居できる」という取り組みに興味を持つ事業者は少ないです。しかし、現場のスタッフさんが見学にぽつぽつといらっしゃることから、現場レベルで関心を持っている方は少なくないと思います。
意外!?老人ホームのつくりはペットの飼育に適している
動物と人間が「共生」するにあたって、施設側が気を付けていることを教えてください。
日常生活においては、一定のルールを設けています。例えば、大勢の方がお食事をしている最中は犬・猫をゲージに入れています。ゲージに入れる理由としては、犬・猫が入居者様のお食事のつまみ食いをすることや入居者の方が動物に食べ物をあげることを防ぐためです。
高齢者にとって動物に食事をあげることは楽しみの一つですが、動物の健康を考えて与えすぎないようにしています。また、犬は穴倉の動物と言われるように、狭いところが好きなので時間を決めてゲージに入れることで、安定した精神状態を保てるようにしています。
実は、老人ホーム自体がペットの飼育に適した構造なので、建設の時に「動物に優しい構造にしよう」と意識はしませんでした。例えば、うちの床はフローリングではなく滑りにくくて柔らかい樹脂を使用しています。また、臭いを吸収する壁紙を使用しています。施設を見学に来た方からは「きれいですね」とお褒めの言葉をいただくことが多いのですが、モチベーションの高いスタッフたちの努力によって清潔さが保たれているのです。
縁の下の力持ちは、行政・保護団体・動物病院・地域のボランティア
「さくらの里 山科」の取り組みに関心を持っている方がたくさんいるのですね。
この試みが今のところ上手くいっている大きな理由の一つが横須賀市の理解です。構想段階で市に相談をした時も、非常に好意的でした。特別養護老人ホームは行政の監督下にある公的な老人ホームですので行政から反対をされた場合、運営をすることができません。実際に認知症でお一人暮らしの方が餓死や凍死してしまうことはよくあり、行政もそのことを恐れています。
当ホームに入居された方の中に、一人暮らしは限界なものの「愛犬を残してはどこにもいかない」とホームへの入居を拒んでいた方がいらっしゃいました。ちょうど、この施設が完成したので、横須賀市が「ここならば大丈夫だろう」とご本人を説得して緊急保護という形で当ホームへの入居が決まったケースもあります。
他には、朝・晩と地域ボランティアの協力を得て犬の散歩をしています。ボランティアは、若い方から高齢の方までいるのですが、将来を心配してペットを飼うことを諦めた60代の方が多いです。当ホームの取り組みを知って「お散歩だけでも犬と触れ合えることができる」とお手伝いいただいています。また、これだけ大勢の犬猫がいると、中には病気がちの子もいて医療費がかかるのですが、かかりつけの動物病院からは薬を安価で提供いただいております。私たちの試みを話したところ賛同いただき、「出来る限り応援する」と仰っています。この取り組みは、多くの方に支えられて続けることができています。
「命の灯が消えるまで見守りたい」この思いを大切にしたい
最後に、このホームを運営する上でのやりがいを教えてください。
既に、ご入居者様も愛犬も両方亡くなっているのですが、愛犬が腎臓病を患っている状態で入居された方がいらっしゃいました。愛犬は、亡くなる1週間前に獣医師から余命宣告をされました。その犬は、自力ではほとんど動けない状態でしたので、ご自分のベッドに入れて、1週間ずっと隣で見守り続け、自分の腕の中で愛犬の最期を看取りました。その犬は、人間でいう人工透析が必要な状態なので、獣医師が言うには「ものすごく激痛を感じているはず」でしたが、痛がって鳴き叫ぶこともなく、最期まで幸せそうに飼い主さんを見つめていました。
飼い主は認知症で感情の制御が上手くできない方だったため、悲しみでさぞかし大変な状態になるだろうとスタッフは心配していました。しかし、「自分の腕の中で愛犬の最期を看取った」という満足感からか悲しんでいたものの、落ち着いていました。それから半年後、その方はがっくりするのではなく自然な形で息を引き取りました。「人生の最期に愛犬を保健所に送ってしまった」と後悔と絶望の中で亡くなるのではなく、「自分は愛犬を最期まで看取ったのだ」と満足して穏やかに旅立たれていかれるのを見ると、このホームを創ってよかったと思います。
法人名:社会福祉法人「心の会」
所在地:神奈川県横須賀市小矢部4-19-4
設立:1999年
理事長:若山三千彦
事業内容 :特別養護老人ホームや高齢者在宅福祉施設、知的障害者施設などの運営