ペット可特養「さくらの里山科」による、諦めない介護(前編)

2016年3月3日

 

【フォトショ加工】前編

 

さくらの里山科
施設長 若山三千彦氏


さくらの里山科

さくらの里山科は、社会福祉法人「心の会」が運営する特別養護老人ホームである。同法人は「ご高齢者様に人生を楽しんで頂きます。老後を心豊かに過ごして頂きます」を理念とし、高齢者在宅福祉施設や知的障害者施設などを運営している。なお、公益財団法人日本動物愛護協会の第8回日本動物大賞社会貢献賞を受賞した(2016年2月)。

40名の入居者と犬猫16匹が送る共同生活

さくらの里山科にはどれくらいの数の犬猫がご入居者様と暮らしているのですか?

特別養護老人ホーム「さくらの里山科」(以下「ホーム」)には犬6匹と猫10匹がおり、2階部分(40室、4ユニット)にてご入居者様40名と共に暮らしています。そのうちご入居者様が入居前から飼っている犬は1匹、猫は4匹ですので、もともとホームで飼っている子の方が多いです。また、ユニット間や階の行き来は自由としているため、4階のショートステイの方が犬・猫に触れ合いに来ることもあり、それを目当てにうちのショートステイを選んでいる方も多くいらっしゃいます。

※さくらの里山科は、10室で1つのユニット(居室)を形成しており、共有のスペースであるリビングでご飯を食べたり、各々がテレビや新聞を楽しんだりする。居室は約8畳。さくらの里山科の定員は、老人ホーム100名・ショートステイ20名となっており、うち、入居者40名が動物(犬・猫)のいる2階で生活を共にしている。

一度は高齢を理由に諦めた、ペットとの夢のような生活をもう一度

動物と暮らせるユニットに入居されている方は、飼育経験をお持ちの方が多いのでしょうか。

動物と暮らせるユニットに入居される方たちは、長年ペットを飼っていたものの、ご自身が年齢を重ねるにつれて新しくペットを迎え入れることを諦めた方が多いです。

私自身も5歳の犬を飼っていますが、犬の平均寿命を約15年と考えると、その子が亡くなってから次の子を迎えていいものか非常に悩みます。50代の私ですら、そのようなことをちらちら考えていますので、60代以降の方ですと尚更、新しくペットを迎え入れることを躊躇(ちゅうちょ)してしまうと思います。

ですから高齢になってもペットを飼っている方がペットを一緒に連れて入居できることを第一に考えました。ただ、上記の事情でペットを飼っている方が少なかったので、ホームの子として一緒に暮らせるように「ちばわん」という保護団体から犬/猫を迎え入れました。入居者様からは、「もう一度ペットと一緒に暮らせるなんて夢のようだ」というお声をいただいています。

動物との暮らしは入居者にとって最高のリハビリ

入居者の方にとって、施設で犬・猫を飼うことにどのような良い影響が見られるのでしょうか。

ペットと一緒に暮らすことの一番の効果は、入居者様の生活にメリハリが出るだけでなく、感情の動きが豊かになることです。

実際に、認知症の症状が改善されたという方がいらっしゃいます。ご家族の名前すら分からなくなっていたご入居者様は、ワンちゃんの名前を覚えて、「アラシはどこに行ったの?」とワンちゃんの事を気にかけているうちに、家族の名前を思い出すことができました。これは一時的なものですが、脳が刺激されることによって記憶力がよみがえり、症状が改善した例です。
他にもADL(日常生活動作)が少し向上された方もいらっしゃいます。犬/猫を愛情を込めて撫でることが、手の関節の自然なリハビリになっています。

しかし、動物たちに仕事をしてもらおうと思っているわけではありません。私たちは「ペットと暮らしたい方がペットと一緒に暮らすこと」自体を目的としているので、これらのプラスの効果は副次的なものだと捉えています。アニマルセラピーは専門的に動物のトレーニングをしているため別の効果が期待できると思いますが、うちの場合は、24時間一緒にいるからこそ出てくる効果だと思います。

施設にいる子は、終生面倒を見ます

入居者の方に万が一の事があった場合、ペットはどうなるのでしょうか。また、ペットに何かあった時の対処法は?

photo6一度預かった子のお世話は入居者様が亡くなられた後も続けています。動物のお世話は基本的にスタッフが行いますが、ペットと一緒に入居された方からペットの食事代をいただくことはあっても、お世話代をいただくことはありません。
また、普段「引き取り」は行っていませんが、お一人暮らしの飼い主さんが突然亡くなって取り残された子を高齢者の特別事情ということで引き取ったケースもあります。

以前、てんかんを持っている犬が施設にいたのですが、トレーナーや獣医師に相談し、スタッフ全員が対処法を学んでいました。今は健康面に問題のある子は少ないのですが、重度の病気の子がいる時はスタッフ全員で注意を払います。何かあった場合には、近くにあるかかりつけの動物病院(24時間対応)で診て貰っていますので、いざという時でも安心です。

今明かされる、さくらの里山科の誕生秘話

さくらの里山科の開設経緯を教えていただけますか。

このホームを作ったのは2012年ですが、以前から在宅介護の分野で様々な取り組みを行っていました。その際に、ペットを飼っている一人暮らしの高齢者が老人ホームに入居するときに発生するペットの問題を目の当たりにしました。
大きな契機となったのは、お一人暮らしの方が老人ホームに入る時に愛犬の貰い手を見つけることができなかったことでした。泣く泣くペットを保健所に送られたのですが、その方は失意のうちに老人ホームに入居されてから半年しないうちに亡くなりました。私たちは在宅介護でその方に10年近く関わってきたので、「愛犬を保健所に送って絶望して、後悔するような人生の最期を迎える方を少しでも減らしたい」と強く思いました。

行政が高齢者とペットに関する問題を解決しようとすると、保健所に送るという選択肢しかありません。そこで福祉を通じて何とかしなければいけないと思い、ペットと一緒に入居できる施設の設立を決めました。
また、最近ではだいぶ変わってきたのですが、私が介護に関わり始めた17年前は、高齢者の生活の質にまで配慮が行き届いていない状況でした。「生きるための最低限のケアをする」というのが福祉の出発点です。介護の世界でいう最低限のケアは排泄、入浴、食事の介助を指しています。「食べて出して衛生面に気を付けることさえやっていれば人は死なない」というような考え方がありました。そこで私は、高齢者の生活の質を高める介護をしたいと考え、このホームを開設しようとしたわけです。

「諦めていたことができるようになった」さくらの里山科による新しい介護の姿

生活の質を向上させるために、ペットの受け入れを決めたのですか?

ペットとの生活だけが特別だと思っているわけではなく、旅行行事や食事にも力を入れていますし、多目的のホールを使って書道や手工芸など様々な活動を行っています。他にも地元のお店に来てもらってホーム内売店を開いたり、目の前でてんぷらを揚げてもらったりフグやイセエビ、マツタケをお出しすることもあります。そのような取り組みをしている特養ホームは珍しいと思います。

また、ご家族にお声掛けをしてスタッフがお食事にお連れすることもあります。ここに入居される方の多くは長年の在宅介護を経ています。在宅介護の状態になるとご夫婦で外食をされる機会が減りますので、何年間もご夫婦で外食をしたことがなかった方が、「ここに入ったら諦めていたことができるようになった」と仰います。

旅行が好きな人には旅行の機会をつくる、買い物・美味しい物も同じです。その流れで「ペットと暮らしたい方には共に暮らせる喜びを味わえる」ようにしようと決めました。恐らく初めから介護の世界にいた人だと「ペットとの同居」は思いつかないでしょうね。「介護」にずっと携わっている人とは違う視点から介護を見ることができたと思います。

*入居者の声*

photo3おやつをあげるとき、すっとんでくるんです。一緒に暮らしてみて、とても幸せです。若い頃は犬を飼っていたのですが、年を取ると億劫になってしまって新しく飼えずにいたので、また犬と一緒に暮らせるなんて夢みたい。
ここにいるワンコたちは、とってもお利口で私の後をくっついてくるんです。朝に私が起きて来ないと心配して部屋まで迎えにやってくることもあるんですよ。こんなに大人しくて優しい子たちは、なかなかいないですね。

 

 

前編では、動物と暮らすことで入居者にもたらされる良い影響について中心に伺った。
後編では、今後の展望と若山氏が思う介護業界の問題点について詳しく伺う。

 

社会福祉法人「心の会」の法人概要

 

法人名:社会福祉法人「心の会」

 

設立:1999年

所在地:神奈川県横須賀市小矢部4-19-4

理事長:若山三千彦

事業内容 :特別養護老人ホームや高齢者在宅福祉施設、知的障害者施設などの運営

 

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