ペットを自由に飼える、ペットトラブルのない社会を目指して

2020年7月14日

一級建築士・家庭動物住環境研究家
主宰 金巻ともこ氏:


ペットと一緒に暮らす家へのニーズが高まる一方で、ペットをめぐるトラブルに頭を悩ます方がいるのも見逃せない現状です。そうした中で、戸建て、集合住宅にかかわらず、犬や猫と暮らす家の設計および改築を数多く手がけてこられた建築士の金巻とも子さん。その活動は、建築士の枠を超えた分野にもわたっています。ペットと暮らす家づくりに関わるようになったきっかけから、建築士として大事にされていること、建築士の枠を超えて幅広く活動されている背景にある“熱い想い”まで、お話を伺いました。

 

ペットと人がマンションで暮らせるように

ペットと暮らす家を手がけられるようになった背景・きっかけをお聞かせください。

きっかけは、マンションのペットトラブルに携わったことです。以前、勤めていた会社の土地活用の部門で、あるオーナーさんから「ファミリータイプにはしたくない。その代わり、ペットが飼える工夫をしてほしい」というご要望をいただきました。けれども、1990年代当時は、ペットを飼うための設備があるマンションを造ったとしても、ペットトラブルを懸念して管理をしてくれる会社がなくて、困ったのです。

じつは、ちょうどその頃、世の中ではマンションでの動物飼育に関する問題が持ち上がっていました。「横浜ペット裁判」というものがあり、「マンションのような集合住宅は動物が飼える構造ではない」とも読み取れる裁判官のコメントがあり、専門家の方々から「日本は世界的な文化レベルから遅れているんじゃないか」と声が上がりました。私も、そのような判決が出たことには、大変憤慨しました。私たちの会社が手がけたマンションではなかったものの、自分たちの仕事を否定された気がしたからです。

それで、その頃立ち上がったばかりの「ペット法学会」に参加したり、自宅のマンションの規約の改正に携わったりするようになりました。どうしたらマンションのペットトラブルは無くなるのか、どんな空間にしたらペットと暮らしやすくなるのか。建築家の立場で必要なハード(設備)をこつこつと研究していくうちに、獣医や動物行動学の専門家や社会学の先生など、いろいろな分野の仲間ができました。そして、どうやら問題はハードそのものではないということがわかってきたんです。

ペット設備があるからトラブルが起きない、ではない

ペットと暮らす家にはどのような設備が必要なのでしょうか?

当時、私はインターネットで会議を開いていて、その中でいろいろな相談を受けていました。たとえば、大家さんや不動産関係者からは、「どうやったらペットの苦情やトラブルがなくなるんですか」「地主さんたちが、絶対にペット用の賃貸は嫌だとおっしゃっているのですが」といった質問や相談がありました。また、飼い主さんからは「ペットと一緒に暮らせるマンションだということで、『鳴き声が聞こえない、換気がしやすい、床が滑りにくい』と聞いていたのに、全然違う」という苦情のようなご相談も寄せられました。
結局、よくよく調べてみたら、犬の足洗い場などハードはそれなりにあるのに、ユーザーが使いにくい状況になっているということがわかったんです。原因は、不適切な設備配置などハードが適正に使われていないところにあったのですね。

滑らない床があれば安全なわけでも、ペットサイン付きエレベーターにペット用の足洗い場などのハードがあるからペットトラブルが起きないわけでは決してありません。ハードはきちんとした使い方をしなければ、造っても意味がなくなってしまいます。造ったら維持が必要で費用もかかりますし、適正な使い方を丁寧にアドバイスしていくことが大事だと思っています。

今はペット用の建材もたくさん出ていますが、どういったものがお勧めでしょうか。

「滑らない床はないですか」「犬にいい壁はなんですか」と、内装仕上げ材のことをよく聞かれます。ペット用の内装仕上げ材が多いのは日本独特ですね。しかし、材料よりもまず、ペットが快適に休める居場所があるか、ということを考えて欲しいです。私は、家の中は人にもペットにも「巣」だと考えています。休む場所である巣にとって重要なのは、材料ではなく間取りではないかと思います。

ペットのための家ではない、飼い主さんのための家を造る

設計されるうえで、とくに気にかけていらっしゃることや、こだわりを教えてください。

まず、大前提として、私は犬や猫を飼っている「飼い主さん」のための家を作っているということです。私が自信を持っているのは、誰より飼い主さんの生活スタイルや要望を知っているということ。あくまで人が主体なんです。

なぜ、人が主体かというと、ペットにとっての環境とは、8割が人間そのものだからです。ペットは生涯を飼い主さんに依存しているので、人の環境を守ることは非常に重要です。人が環境にストレスを感じる要因があったら、そのピリピリ感をダイレクトにペットは感じてしまいます。同じマンションに暮らしていても、ペットとの暮らしがうまくいっている家もあれば、トラブルを抱えている家もある。例えば、犬の鳴き声でトラブルを抱えていると、家の中に緊張感があるんですよね。そして、そういう家の飼い主さんほどしつけに熱心で勉強家であったりします。逆に、うまくいっているご家庭では、特に何もしない感じに暮らしていることも多いのです。頑張りすぎも緊張になるんですね。

建築の観点から見た緊張感の原因としては、家事動線がうまくいっていないことや、人の生活動線に対しての犬の居場所が悪いことなどが考えられます。とくに私がこだわっているのは、飼い主さんがラクになる動線を創ることです。動物は飼い主さんの行動を見て、行動を起こすので、まず飼い主さんが手間取らず、無理なく行動できるようにすることが大事です。それが動物の視点から見てもストレスがないということなんですね。

そのため、私はご依頼を受ける際に必ずアンケートに答えていただいています。たとえば、「あなたは料理を大皿で出しますか?銘々皿で出しますか?」「テレビはチャンネルをザッピングする(頻繁に切り替える)方ですか?あまり変えない方ですか?」などです。「これが一体なんの関係があるの?」とよく言われる項目も多いのですが、じつはこうしたそのご家庭ごとの住行動から見えてくる課題や、ペットへの無駄な刺激の原因があるんです。依頼者のなかには、そのアンケートを見ただけで、返事がこない方もいます。きっと「面倒臭い」と思うんでしょうね(苦笑)。

暮らしやすい家は、ペットと人の未病対策にもなる

ペットの病気や介護のために家を改修する場合もありますか?

獣医さんからのご紹介は多いですね。アレルギーや関節トラブルなどの問題を抱えているから、家の中からも改善できないか、といったご相談です。人間と同じように、犬のアレルギーも多いですね。以前、作家の方からのご相談で、愛犬がアレルギーのために毛が抜けてしまい、そのショックから作品が全く作れなくなってしまったというケースがありました。そのときに私が任されたのは、空気環境の改善と身近なアレルゲンの発生源となる物質のチェックと排除です。

アレルギー対策としては、アレルゲンと考えられる家具やおもちゃなどの排除、風の通りをよくするための部屋の模様替えなどがあります。一戸建てであれば、換気口をつける、窓の位置を変えるという方法もあります。もちろん、部屋を変えただけでアレルギー症状が劇的に改善されるわけではなく、お薬での治療と並行して行うことが大切です。
私は、ペットに疾患がある場合は、なぜそういう疾患が起こったのか、室内の環境で動物たちの負担になっているものは何か、必ず自分でそのお宅に行って、人の住行動を含めて原因を探ってからプランニングしています。

人は骨折したり、具合が悪くなったりしてからでないと、家に手を加えません。でも、ペットは自分にとっての楽しみ(生活の豊かさ)だから、「この子が喜びますよ」「あなたにも役立ちますよ」と話すと、今はまだ我慢しようと思うことも、早めに環境改善に取り組んでくれるんです。結局は、それが人の未病対策にもなっていると思います。

飼い主さんからの感謝の言葉がモチベーション

飼い主さんとの心に残るエピソードや、お住まいの方からの声をお聞かせください。

3匹の猫を飼っているお宅で、危険な吹き抜けの安全対策に、階段を活用し安全に配慮した遊び場を造ったら、非常に喜ばれました。そのお宅から、「3匹の猫のうちの1匹の長い毛を刈ったら、ほかの2匹から攻撃されるようになってしまった。どうしたらいいですか」と、連絡が来たんです。さっそく見に行ったのですが、頭はライオン、胴体は丸刈り、可愛すぎて思わず爆笑してしまいました(笑)。でも、飼い主さんは、その子を里子に出すか、別宅に連れていくか、、、と真剣に悩んでいらしたんですね。

それで、部屋を分ける扉の設置をしたうえで、三段ケージなどの家具も用意してもらい、これを使った工夫をしてもらいました。猫たちの使う空間や時間を少しずつ変えてニオイを確認させながら、徐々に時間をかけて面会させ、ほかの2匹に新しい姿に慣れてもらうようにしました。
家の中の区分を整理してあげて、ゆっくりお互いを観察し、慣れさせるようにしたわけです。ドッグトレーナーが行動治療を行うような方法です。結局、3ヶ月かかりましたが、「3匹が一緒にベッドで寝るようになりました!」と、飼い主さんから報告をいただいたときは、ほんとうに嬉しかったです。

また、2000年くらいまで多かったゴールデン・レトリーバーの飼い主さんから、ある時期次々と「金巻先生にお部屋を手掛けて頂いたおかげで、無事に天寿をまっとういたしました。ありがとうございました」と連絡が入った時もありました。お礼=訃報ではありますが、具合の悪かった子の生きている間の苦痛は軽減できて、自分も一役かうことができたならば、この仕事を手掛けた意味があります。飼い主さんからの感謝の言葉は、これからも頑張ろうと思うモチベーションになっています。

ペットの健康寿命を延ばす室内の工夫を

ペットと暮らす家へのニーズに、変化を感じますか?また、今後、どんな設計を手がけていきですか。

犬の案件が減って、猫の案件がすごく増えましたね。私がペットと暮らす家を手がけ始めた1990年代は、犬に注目が集まっていましたが、今はもう犬はブームを卒業して文化として定着した感じですね。最近は猫に対する関心がすごいですよね。今度は、「猫はそこまで望んでないから落ち着きましょう」という感じ(笑)。家の中にキャットウォークをたくさん作ってしまったら、掃除する場所も増えるのですから、暮らす人にとってストレスです。それに人の視野を遮るものがいっぱいあるのは、人が疲れて空間デザインとして望ましくありません。人というペットにとっての環境を劣化させては本末転倒なんです。

これからは、ペットの高齢化に伴い、介護問題も大きな課題ですよね。今一緒に活動している犬の介護をしている方は、初期は情報が全くなくて人間の介護を参考にしていたそうです。しかし、ケアの基本は人も犬も似ています。今は、人間にとってバリアフリーのあり方が見直されています。家の中の段差をなくしても、外に出たら段差がないということはありません。普段から足を上げる動作をしておくことで、筋力を衰えさせないことが大事なんですね。家の中に安全に配慮したバリアを作る。その考え方はペットと暮らす家でも同様で、家の中にどのように適正に段差を加えていくか?が、今の課題です。

私の活動の根本にあるのは、私自身が犬や猫を自由に飼いたい、ということです。ペットトラブルのない豊かな社会を目指し、トライアンドエラーを繰り返しながら、挑戦はまだまだ続きます。

ペットの習性を知って環境を整えよう

これから、ペットと暮らす家を検討している方に、アドバイスをいただけますか。

環境を整備してあげるためには、まずその種ごとの習性をよく知ることが大事です。例えば、犬と猫とでは、暮らし方が違います。犬は平面で動きますが、猫は立体的に動くので、犬と全く同じ工夫ではダメなんです。そして、犬では、さらに犬種ごとに遊び方が変わってきます。自分が飼う犬種だと、どういうグッズが増えるのかを理解して、必要な場所に必要な収納を確保しておくことが大切です。動物は環境が変わるのを嫌がるので、できればペットを迎える前に環境を整えておくほうがいいと思います。

また、「うちの子のために」と考えるなら、まず飼い主さん自身がラクをすることを考えてくださいと言いたいです。自分がラクに家事を行うには、何を配置するか、玄関に何を用意しておけば外出の度に「散歩に行こう、散歩に行こう」とせっつかれないのか、ペットが来訪者に煩わされず、ゆっくりくつろげる居場所はどこにしたらいいのか、考えてみるといいでしょう。

 

事務所 : 一級建築士事務所 かねまき・こくぼ空間工房 

登録番号:東京都知事登録235392号

主宰  : 金巻とも子(管理建築士)

所在地 : 東京都杉並区井草2

メール : info@pal-design.jp

定休日 : 土/日/祝祭日(事前予約のみ対応)