「ペットと暮らす家」から「ペットと暮らす街」を目指して

2020年7月31日

 

一級建築士事務所 前田敦計画工房合同会社:前田 敦氏


斬新な発想の「スロープの家」をはじめ、人とペットが共生できる家を様々なカタチで提案・設計して注目を集めている一級建築士の前田敦氏。その背景には、動物に対する優しい眼差しと、人とペットとのより良い関係を目指す、真摯な姿がありました。ペットと暮らす家の設計に特化することになったきっかけや設計上のこだわり、心に残るクライアントとのエピソード、そして今後さらに目指すことなどを伺いました。

 

動物好きな私だからこそできる家づくりを

ペットと暮らす家を手がけられるようになった背景・きっかけをお聞かせください。

私は、子供の頃、愛読書が動物図鑑だったくらい、動物が大好きでした。小学生のときは、飼育委員会に入り、カルガモやジュウシマツといった鳥を担当していました。ジュウシマツが卵から孵るプロセスを見てすごく感動しましたし、今まで誰にも懐かなかったカルガモが、私にだけは懐いたりして、動物から好かれる才能があるんじゃないかと自負していたくらいです(笑)。

私は動物に好かれることにおいてはほかの建築家には負けない自信があるので、それを自分の得意分野として仕事に活かせないか。そんなことを考え始めた2003年、学習研究社の『犬と暮らす』という雑誌から、「誌上設計コンペ」に参加してくれないかというオファーがあったんです。テーマは、「ミニチュア・ダックスフンドと住む家」。人が昇降するための階段が、胴長短足の犬には障害になってしまうことを知り、彼らが快適に上り降りできる階段とはどんなものだろう?という考えから発想したのが、「スロープの家」です。たとえ受賞しなくても、この機会に自分の考えをアピールできればいいなと思い、ペットがスロープで家中をグルグル走り回るという家を提案したのです。結果はなんと、最優秀賞を受賞、その結果大きな反響を得ることができました。スロープで回遊する家を創るためには、普通の家より面積は広く、費用も多く必要なことから実現するのはなかなか難しいかもしれないと思っていたのですが、オファーを18件も頂き、その中で3件が竣工し、現在も複数のプロジェクトが計画相談から進行中です。また「スロープの家」では設計のみにとどまらず、ペットと暮らしていくために十分な広さのある土地探しからサポートさせていただきました。

家族だから人とペットは対等な存在

普通、建築家の方は土地探しから関わることはあまりないと思うのですが、そこまでされる背景にある先生の「想い」とは?

根本にあるのは、「人もペットも一緒に楽しく暮らしてもらいたい」という想いです。たとえば、自分も飼っているからわかるのですが、ペットを飼っていると食事やトイレの世話など手間がかかりますよね。ですが、その手間そのものに、自分が幸せを感じるのも事実。そういう幸せな気持ちは、ペット側にも感じてもらいたいと思います。それが「ペットと暮らす」という私の考え方です。ペットは家族であるという考え方はずいぶん普及してきましたが、家族であるとするならもっと対等であるべきだと私は考えます。人間だけが楽しむのではなく、ペットも人間と暮らすことによって楽しいと感じるような暮らしを探求していきたいと思っています。

ペットと暮らす家を創ることのやりがい、建築家として大切にされていることをお聞かせください。

人間に十人十色の個性があるように、ペットにも個性があります。とくに犬の場合は、セント・バーナードのような大型犬からチワワのような超小型犬に至るまで、大きさにかなりの幅があって、身体的な特徴だけでも別の生物と言えるくらいの違いがあります。つまり、それぞれ配慮が変わってくるわけです。

また、人とペットとの関係も、家庭によって違いますね。その関係の違いがまた面白いのです。その関係に応じて「このような住まい方はどうですか」という提案ができるのが、建築家としてのやりがいであり、楽しいところです。

人とペット、それぞれの個性を尊重したい

設計をされるうえで気にかけていらっしゃることや、こだわりを教えてください。

人間であれば、階段の幅やトイレの大きさや寸法など過去に蓄積したデータがたくさんあるのですが、ペットに関してはそういう情報がまったくありません。たとえば、人間が上る階段であれば、蹴上という垂直面が22センチ、踏面という水平面が23センチくらいですが、ミニチュア・ダックスフンドのような胴長の犬の場合は、人間に適する階段では背骨が曲がってしまうくらい急勾配に感じるものです。彼らにとっては、暮らしに適した階段ではないのです。だからと言って愛犬に心地よい階段は、人間には快適でない階段であり、「人間とペットが共生する家」にはなりません。私が提案する「スロープの家」は、人間にもペットにも上りやすいものはなんだろうかと考えた結果、誕生しました。他にも、セミオーダー住宅「PAWs Style」も考案しています。犬や猫と人とがより安心・安全・快適に暮らすために必要なアイデアが詰まった住宅のプラン集になっており、VRモデルルームも通じて、飼い主さんに寄り添った住宅のご提案が可能です。(プラン集およびVRモデルルームはコチラ:https://pet-lifestyle.com/paws-style/

そういう意味では、「人間とペットが共生する家創りをしたいという想いが新たな発見を生み、カタチにしてくれる」と言えますね。人間が落ち着く空間の大きさは、ペットにとっては体育館のような大きさかもしれません。そんなだだっ広い空間に寝るのはちょっと落ち着かないでしょう。それなら、適切な大きさはどのくらいなのかと考え、模型を作り、試行錯誤するわけです。

そうやって考え、創った家が出来上がり、実際にクライアントさんが引っ越した時に、ペットが思惑通りに自分たちの空間にスーッと馴染んでくれたときは、「やったぜ」と、思わずガッツポーズが出てしまいます。

猫と犬では、ペットと暮らす家を設計する際の違いや工夫していることなどはありますか?

猫の場合は、安全を守るために完全に室内飼育になります。犬のように外に散歩に行くわけではないので、家の中でストレスを溜めないよう、適度に運動できる場所が必要になってきます。ステップを登ったり、高い場所にあるキャットウォークを歩いたり、上から下を見下ろしたりするんですね。設計上では、そういう立体的な動きができる構造にし、上の窓から外を見下ろす「猫窓」と呼ばれるものを取り入れるよう心がけています。

犬の場合、来客に対する反応や、外部からの騒音への反応による鳴き声は、近隣とのトラブルの元になりかねないので、音の問題を第一に考えなければいけません。空間構成としてよく考えるのは、まわりにスロープや廊下を配して、二重の壁で囲った中に中庭を作ることです。そうすることで、中からも外からも音が遮断される効果があるからです。中庭を作って外の気配が中に届かない工夫をすることは、縄張り意識の強い犬を落ち着かせるうえでも、非常に効果的です。

遮音と同時にやっておかなければならないのが、壁の遮熱です。ペットを飼っているお宅では、留守の間もエアコンをつけたままにしていることが多いので、電気代があまりかからないように、断熱性の高い建材を使ったり、ペアガラスや二重サッシを導入したりしています。

一番難しいのは、猫と犬の両方を飼っている場合です。最近はそういう方も増えてきていますね。そうなってくると、動線を立体的に分離したり、トイレを上下に分けたりする工夫をします。

目指すのは人もペットも心地よい家

人とペット、双方のストレスを減らすということが、先生のこだわりなのですね。

そうですね。吠えるのは犬の本能であり、それを完全に止めるのは無理だと思います。無駄吠えは、ペットのストレス排除を心がけた人間の知恵と工夫によって減らすことができ、人間のストレスをも減らすことにもなります。断熱や遮音の工夫、近隣への配慮は、新築、リフォームどちらでもできることで、ペットと暮らす場合にまず押さえなければならないポイントだと思います。

うちの子(かむいくん)は番犬の性質が強く、正面から見知らぬ人が入ってくれば吠えます。でも、その性質を矯正しようとは思っていないんですね。慣れさせることで鳴き声が減ればそれでいい。赤ちゃんのときに警察犬のトレーナーをしている方にしつけをお願いしたのですが、何も警察犬のようにしたかったわけではありません。私が望んだのは、家庭犬として愛らしく育つことと、被災時などの緊急時に困らないよう、必要なときにクレートに入って大人しくできることをトレーニングしていただきました。そういう訓練や飼い方を建築的な視点とうまく組み合わせていけば、ペットと人間が安心して暮らせる環境が創れるのではないかと思います。

飼い主さんとペットの関係はその家庭によって違うので、提案する内容も変わってきます。たとえば、ペットが入れるエリアを限定する家もあれば、どこでもフリーに入れるようにしたいというお宅もあります。「こうしなければいけない」というルールはないのです。

もし、家族に足の不自由な方がいらしたら、その方に配慮した家づくりをしますね。ペットは4本足で歩き、言葉を話さず、目線が低い。そういうことは、一つの個性であるわけです。人もペットも対等な関係で暮らす家を実現するためには、それぞれの個性にどう配慮してあげるかということが、重要なんじゃないかなと思います。

たくさんの感動と発見が私の原動力

家づくりを手がけられた中で、とくに感動されたエピゾードがあればお聞かせください。

私が思わず感動して涙した事例がありました。ラブラドール・レトリーバーを飼われている、スロープの家の3例目のお宅です。2頭のラブラドール・レトリーバーのうち1頭は高齢犬で足が弱く、いつもご家族ふたりでその子を抱えて2階に運んでいたそうです。加えてお母さまが車椅子の生活とのことで困っていらしたんですね。そんなときに、私の「スロープの家」をお知りになり、オファーをいただいたんです。

打ち合わせが始まると、その老犬のラブラドール・レトリーバーがいつも私の横にちょこんと座り、住宅模型を見たりして、ずっと離れない。クライアントさんからは、「この子は先生を迎え入れていますね」と言われました。やはり、私は動物に好かれるんですね(笑)。

家が完成すると、それまでは自ら動こうとしなかった子が、なんとスロープをトボトボ歩いてきたそうです。その様子をご覧になったクライアントさんは感動して、動画を撮って私に送ってくださいました。それを拝見したときは、私も感動して思わず涙してしまいました。

結局、その子はそれから約3ヶ月後、残念ながら虹の橋を渡ってしまいましたが、生前に年老いた彼がスロープを歩く様子はテレビでも紹介されました。最期の貴重な時間をそうやって自力で歩いて暮らせて、本当によかったなあと思っています。

先生はアフターフォローも大事にされているそうですね。どのようなフォローをされているのかお聞かせください。

私はクライアントさんとはSNSでつながっていて、住んでみてからの日々の状態をずっと見ながら、なにか不都合や変化があれば、その都度クライアントさんと相談して改善するようにしています。なぜなら、家は実際に住んでみないとわからないこともあるからです。完成後のフォローまでして初めて、ペットと共生する住宅を手がけていると名乗れるのではないかと考えています。

実際に、暮らし始めたクライアントさんからの報告で初めて気づくことや発見も少なくありません。たとえば、以前の家では仲良く暮らしていた4頭の犬が、新しい家に引っ越した途端、1頭を仲間外れにするいじめが起きたケースがありました。動物にもいじめが存在するのだと、そのとき初めて知りました。原因は、環境が変わったことによるストレスです。結局、1頭だけクレートに入れてほかの犬から隔離することで、徐々にみんなを環境に慣らし、1週間くらいで元のように4頭が仲良く暮らす状態にもっていきました。

猫の場合は、新しい「爪研ぎ」を作ってみたものの、研いでくれなかったケースもありました。自分の匂いがついていないと警戒し使用しないということがわかり、それ以降は昔から使っていた爪研ぎのロープなどは捨てないで持ってきていただき、新しい住まいにも生かしていくようにしています。古いものを残しつつ、新しい環境に慣れさせるような細かな配慮が必要だということは、実際に猫と暮らす家づくりを手がけてみて気づいたことです。

また、猫と犬の両方を飼われているお宅では、どちらかというと猫の方が犬より縄張り意識が強いということもわかりました。犬と猫のトイレを上下に分けて設置したのですが、先に猫が新居に入り、上のトイレを使用し、後日、犬が越してきて下のトイレを使おうとしたら、猫に攻撃されてしまいました。猫が、自分の縄張りを荒らされたと思ったのですね。ですから、犬と猫の両方を飼っている場合、犬猫の性格にもよりますが、新居のトイレは、まず先に犬に使ってもらうようにしています。

ペット共生社会を創る「パウズリンクプロジェクト」を拡散中

ペットと暮らす家へのニーズや業界動向に、変化を感じますか?また、今後どのような設計を手がけていきたいですか?

ペットは家族の一員であるという認識は、業界から一般の方々まで含めて浸透してきていると思いますが、でもそこまでで止まっているのではないでしょうか。行動に結びつくまでには至っていないのが現状かと思います。

ただ、そういった中でも認識があれば必ず行動する人が現れ始めると考えます。私が今後、力を入れていきたいのは、ペットをキーワードにした街づくりです。たとえば、犬は散歩で戸外に出て、アスファルトの上を歩くわけですが、近年の猛暑が続く日本において、それは過酷な環境です。従来の舗装から遮熱効果のある舗装に変えると、路面温度が下がるそうですから、新しい街づくりにはそういう視点を入れて欲しいと思います。

「ペットは家族」という認識をもとに街全体を創っていきたい、それが私の夢です。点から線へ、線から面へ、一個の住宅が点だとすると、それが2つ並ぶと線になり、それが4つ、5つと広がることで面になり、だんだん街となる。そういう起点となるような家やマンションがあって、それが街全体に対して影響を及ぼし、どんどん拡散してゆくことを私は「パウズリンク」、つまり「肉球のつながり」と名付け、ペット共生社会ができればとの想いをのせ、テレビ番組などを巻き込んだプロジェクトを進めています。

※「パウズリンク」のパウ(=paw)は肉球の意味

覚悟と夢を持ってペットと暮らそう

ペットと暮らす家を検討している方に、アドバイス、メッセージをいただけますか。

まず、最初にお伝えしたのは、ペットを飼う際には覚悟を持って飼っていただきたいということです。「寂しいから」「可愛いから」という一時の軽い気持ちではなく、人生の伴侶を見つけるのと同じくらいの覚悟を持ってペットと出会ってください。犬や猫の保護活動をされている方も多くいらっしゃいますが、保護できる動物の数には限りがあります。安易な気持ちで飼い始め、後で手放すことのないようにして欲しいと願っています。

そして、ペットと暮らす家をお考えなら、ペットと人間の関係をどういうふうに築きたいのか、ペットにどのように育って欲しいのか、そういうご希望をまず聞かせていただきたいです。ペットの種類、年齢、ご家族の事情によって、適する環境、クリアしなければならない課題は違ってくると思います。

たとえば、「スロープの家」は50坪以上の土地が理想となりますが、それだけの土地を確保できない都会などでは、スロープや階段による昇降部分を使わず、ペットがフリーに行ける場所を限定する「ゾーニング」という手法を用いたり、小型犬でも上りやすいゆったりした階段を造ったりすることも可能です。

ペットと暮らす夢について話していただけたら、家の提案はもちろんのこと、必要であればトレーナーさんをご紹介するなど、ハードとソフトの両輪をコーディネートしてまいります。

 

事務所:一級建築士事務所 前田敦計画工房合同会社

登録番号:東京都知事登録:第63778号

主宰:前田敦(建築家・一級建築士)

所在地:東京都港区白金2-1-1-408

メール:mac@mac-atelier.com

ホームページ:https://www.mac-atelier.com/

定休日:土日祝

 

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