アカデミックな視点から探るペットロスの実態と克服方法

近年、ペットが寿命や病気などを理由に亡くしたために、その悲しみから「ペットロス」になるペット飼育者をよく耳にするだろう。あるいは、あなた自身がそういった悲しみに暮れてしまった経験をお持ちなのではないだろうか。

ペットロスとは、北里大学の木村祐哉氏によると「飼育動物の喪失体験」のことを言う。具体的には、ペットを亡くした人が酷い悲しみを感じ、ひいては、心身に深刻な症状を起こすことがある体験のことだ。 以下では、「殺処分」と並んで社会テーマとなりつつあるペットロスのより確かな原因や克服方法を探るため、「アカデミック」な視点からペットロスを考え、答えを出していきたい。

ペットロスのアカデミックな実態

ペットロスは、その症状から飼い主の「心」と密接に関係しているため、心理学の分野で研究されることが多い。日本では、1990年代後半頃からその言葉が扱われるようになった。

”ペットロス”関連文献数の推移

petloss(注)上記数字は、Google Scholarにて「ペットロス」と検索した場合に表示された文献数

心理学の分野の研究によると、ペットロスは「対象喪失」と呼ばれる体験の一種とみなされている。精神分析学者の小此木啓吾氏の著書「対象喪失」に基づくと、ペットロスのみならず、家族の死や恋人との別れ、引っ越しや卒業は、全て同じ「対象喪失」に含まれるようだ。 それでは一体、対象喪失とはどういうものなのか。ここからは、小此木著「対象喪失」やその他研究論文に基いて、対象喪失について紹介する。

対象喪失とは

対象喪失は、以下のような体験を言う。

①愛情・依存の対象の死や別離
②住み慣れた環境や地位、役割、故郷等からの別れ
③自分の誇りや理想、所有物の意味をもつような対象の喪失
④対象を過度に美化していたことで、現実を知ったときに起こる「理想」の喪失

このうち、最愛のペットが亡くなる体験(ペットロス)は、最も代表的な①に含まれる。①には、家族の死や失恋が当てはまるが、その他にも、子どもの親離れによって親が子どもを失う体験等もまた含まれる。

上記のような対象喪失が起こると、その精神的な苦痛・絶望感から精神疾患になることもある。さらに、恐れや悲しみ等の感情の高まりが精神十二指腸潰瘍や心臓病といった身体疾患の発病や経過に影響を与えることも分かっており、実際に、精神分析医のParkesは「妻の夫死亡後の医師への受診率は夫死亡前に比べて63%増加した」ことを明らかにしている。

対象喪失はなぜ起こるのか

そもそも、私たちはなぜ家族や恋人、そして、ペットを失った時に、悲しい気持ちになるのだろうか。それは、対象に対する思慕の情(人を大事に思う気持ち)がどうしても満たされないためである。そして、失った対象と自分との間に何らかの「一体感」を抱いているからである。失った対象が自分の一部分になっているからこそ、その喪失は深刻な対象喪失として体験されるのだ。

つまり、ペットロスという体験によって、深く悲しむ飼い主が増えてきたという現状は、裏を返せば、ペットを、子どもや兄弟のように、本当の家族の一員として感じている飼い主が増えてきたことだと言えるだろう。

対象を失った場合の心理反応

上記のような理由で対象を失ってしまうと、人はまず「情緒危機」という状態に陥り、その後、対象を失った事に対する持続的な「悲哀の心理」が続く。 情緒危機は、急性に起こり、比較的速やかに回復していく。この心理過程では、激しい衝撃をうけて感情的に興奮したりパニックを起こし、不安と心細さや挫折感が続く。

このような情緒危機がおおよそ1ヶ月程度で治まると、悲哀の心理が始まる。悲哀の心理では、対象への思慕と執着や対象によみがえってもらいたい気持ち、くやみやつぐないの念等、様々な心理が複雑に混ざり合って現れる。

また、精神科医のキューブラー・ロスによると、対象の死の受容における心理は以下の①~⑤のように流れていく。
否認:対象の死を現実として受け止められず、否定する
怒り:対象の死は誰かのせいだと、周囲に怒りを向ける
取引:何かと引き換えに、対象を復活させてほしいと願う
抑うつ:無気力となり、強い悲しみにひたる
受容:対象の死を受け入れ、徐々に心を落ち着かせていく

上述の各心理過程の長さや深刻度は、各人の対象との関係性や周囲の環境によって異なるが、ペットの死を受容するまでにも、同様の心理過程を経ると言えるだろう。

ペットロスに特有な点

ここまで、ペットロスを対象喪失の一つとして捉えてきたが、一方で、「ペットロスに特有」な点も当然考えられるだろう。

周囲との間のペットロスに対する認識の差はその一つだ。例えば、ペットをより可愛がる人(あるいは、ペットを実際に亡くした人)とそうでない人の間には、「新しくペットを迎え入れること」に対する考え方が全く異なるだろう。

時期によっては、新しいペットを迎え入れることでペットロスによる悲嘆を和らげることができるかもしれない。しかし、心の整理がついていない時期に新しいペットを迎え入れることは、むしろ失ったペットに対する裏切りのように感じてしまう恐れもあるので、悲嘆者に対して無理に新しいペットを勧めるべきではない。

また、安楽死という選択肢の存在等もペットロスに特有な点である。ペットロスに苦しむ人やその周囲は、こういった点に注意することが好ましい。

ペットロスの克服方法

自然な心の流れを辿ること
対象喪失を起こした場合、ごく自然な心理過程を辿り、悲しみを悲しみ、苦痛を苦痛として味わうことが唯一の克服方法である。精神分析学者として有名なフロイトは、この悲哀の営みを「悲哀の仕事(mourning work)」と呼んだ。悲哀の仕事の一つ一つを達成することによって、死や別れの必然と和解し、受け入れ、失った対象を断念することができるのだ。

もし、現実と向き合うことが辛いからといって自然な心の流れから逃避した場合、心は一時的に落ち着くと思われるが、その後の生活において、トラウマのように失った対象の記憶がよみがえり、延々と苦しむことになってしまうかもしれない。

有識者や自分と同じような体験者と話すこと
唯一の克服方法とはいえ、自然な心の流れを辿ることは、悲しみを悲しみとして受け入れることであるので、非常に辛い営みである。そういった際に、有識者や自分と同じような体験をした人と話をすることで、心を軽くしたり悲しみに耐えることができる。

小此木氏は、フロイト自身が経験した対象喪失の過程を分析することで、「転移の中の悲哀の仕事」という営みを見出した。この営みは、対象を失ったことの悲しみを他の誰かに打ち明け、失った対象との関わりを転移し、時にはその相手と失った対象を同一視することを言う。たとえ、転移を受ける相手が積極的に悲哀の仕事を助けてくれる人物ではなくても、失った対象と同じように思い込む錯覚現象によって、そこに失った対象との関わりを再現させ、悲哀の仕事を営むことができるのだ。

実際に、欧米ではペットロスに苦しむ人に対する精神科医やカウンセラーの介入が有用であることが示されている。また、ボランティアによる電話相談等も行われており、広く活用されているようだ。

絆の継続行為
対象喪失の克服方法について、これまではフロイトに端を発し、故人との分離を目標とするグリーフワークモデルが主流だったが、近年は、Klassらによって理論化された「Continuing Bond(継続する絆)」理論が提唱されている。この理論は、死別した人が、故人との愛着を維持し続けていることが多く、それが死別への良い適応に不可欠であるというものだ。

Continuing Bond理論を踏まえると、亡くなったペットと決別することを無理に目指すのではなく、仏壇をしつらえたり花や水をやるといった行為を通して、ペットとの絆をその後も継続していくことが重要かもしれない。

その他、具体的な克服方法や周囲の人がペットロスになっている場合の接し方に関しては、「ペットロスとは?症状や克服方法、周囲の人の接し方について」を、ペットロスを立ち直る人・立ち直れない人を分ける要素に関して、経験者の体験談やアンケートから分かったことは、「経験者から学ぶ|ペットロスから立ち直る人/立ち直れない人」で紹介していますので、是非ご覧ください。

 

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【参考文献】

■小此木啓吾(2003)「対象喪失 悲しむということ」. 中央公論新社
■木村祐哉(2009)「ペットロスに伴う悲嘆反応とその支援のあり方」. 心身医学 49(5). 357-362.
■二階堂千絵 & 安藤孝敏(2015)「<論文>ペットと死別した高齢者の適応を支えたもの 死別したペットとのContinuing Bondに着目して」

 

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