四肢が不自由になったペットに元気を取り戻す「動物用義肢装具」
代表 島田旭緒氏:
病気や怪我、加齢などで四肢が不自由になるペットは多い。満足に運動ができなくなると、全体的に元気を失っていく子も多い。特に毎日散歩に出かける犬であれはなおさらだ。そんな動物のために歩行を介助する義肢や装具を作ってくれる人がいるのをご存じだろうか。東洋装具医療器具製作所の代表・島田旭緒さんだ。今まで誰も取り組まなかった分野に挑戦し、今では年間3000件の依頼をこなす。全国の獣医師や飼い主から絶大な信頼を寄せられている、この道のパイオニアだ。歩けなかったペットの歩行を助けるという、新しい道を切り開いた島田さんにその経緯やこれからを伺った。
ペットの歩行を助けるはじめての義肢装具士
動物用装具を作ろうと思ったきっかけを教えてください。
最初のきっかけは祖父でした。祖父は工場に勤めていたのですが、事故で指を切断しており、眼も義眼だったのです。19歳の時、自分の進路を考える中で思い出されたのが祖父のことでした。そして父からの勧めもあり、人間用の義肢装具士の世界を知り興味を持ちました。それで国家資格である義肢装具士の勉強をしようと専門学校に入学しました。当初はもちろん人間用の装具士になろうと思っていまして、実はそれまでペットを飼ったこともなくて、動物用の装具に興味を持ったのは、卒論のためにいろいろと調べていたときでした。誰もやったことのないテーマを探していたら「動物用の義肢装具」についての論文がないことがわかりました。だったらやってやろう!と思ったんです。
その卒論が先生の目に留まり、学会で発表の場をいただくことができました。獣医師などからけっこう反応があって、あ、これは道が開けるな、と思いました。
専門学校卒業後、昼間は人間用の義肢装具の製作会社で働き、夜は神奈川県にある澤動物病院で動物用義肢装具の修行をさせてもらいました。週6日朝から晩まで働いて、睡眠時間3時間くらいでしたが、試行錯誤ながら、新しい知識や技術を吸収するのに夢中でしたね。そんな生活を3年間続けました。
「装具なんてつけたら、動物がかわいそうじゃないか」
事業を始められた際の周囲からの反応を教えてください。
自分なりに手応えを感じて独立したものの、開始当初は厳しい状況でした。最初の月の注文1件、その後も貯金を切り崩す日々が続きました。動物用の装具自体への批判も多くありました。
「手術が苦手な獣医師が頼るものだ」
「義肢や装具をつけると動物がかわいそうだ。嫌がるじゃないか」
と言った声です。本当はそういうことではないのです。義肢装具には「更生用」と「医療用」の大きく二種類があります。更生用は、足が動かせないなど障害がある機能をサポートする位置づけに対して、医療用は義肢装具を装着することで、リハビリを促進するなどして病気を治すためのものという位置づけです。義肢装具が必要となるのは、加齢や過去の病歴などの影響もあり、もう手術には耐えられない子であるとか、リハビリをして回復を早めるためにサポートが必要といったケースなのです。
そうした時期を乗り越えて、今や年間3,000件のご依頼を獣医師の方からいただくようになりました。
仕事としては実際に装具を作ること自体も大切ですが、全国の獣医師さんたちに私の仕事を知ってもらうことも大切だと思っています。
そのために獣医師学会で講演したり、論文をいくつも発表し続けています。手術できない症例に装具を提案したり、従来の方法ではできなかったことに装具でアプローチできることを発表することで、動物用の義肢装具の意義を認めていただいています。もちろん、自身の勉強や研究も続けていて、独学で動物解剖学を学んだり、日本小動物整形外科協会(VOA Japan)にも参加しています。この仕事が認知されるのに10年かかりました。
今では年間で学会での発表が4回、院内セミナーのような小規模なものは10回程度開催しています。おかげで、全国の1200件ほどの獣医師とつながることができました。
ペットのQOLを上げる!フルオーダーメイドの義肢装具へのこだわり
ペットにとって快適な義肢装具とは
修行を通じてこの仕事は獣医師と連携しないと絶対にできないと修行期間を通じて確信しました。治療用なのか、更生用なのか、獣医師とレントゲンを確認したり、症状、所見を教えてもらわなければ、適した装具を作ることはできないのです。まずは動物病院で患者の容態を見ることも大切です。1匹ずつ症状は違いますので、義肢装具もすべてオーダーメイドになります。
型を取ったり、寸法を測ったりしていったん製作しますが、実際に装着してみて、何度も手直しが必要です。そうしてようやく歩行できるようになります。かなりの手間と時間がかかりますが、元気に歩けるようになったペットを見て喜ぶ飼い主さんの笑顔を見ると、本当に苦労が報われる気持ちになりますね。
義肢装具の発注は獣医師の方からしか受けません。先ほど申し上げたように、正しい処置をするためには専門的な知見や見立てが必要です。そして動物は個体ごとに大きさがまちまちなのですべてフルオーダーになります。独自の注文書を作り細かくサイズを測ってもらって、獣医師からFAXで発注してもらうことがほとんどです。年間で3000件にのぼりますが、むずかしい症例は私が必ず出向きます、たとえ九州でも北海道でも、必ず行きます。
1匹ごとに型紙を起こすのは私中心となって行っていまして、縫製はスタッフにお願いすることを多いです。
人間用の義肢装具と共通点が思いの外少なく、つくり方や素材自体が人間用のものとはまったく違います。動物の場合、体重が人間よりも軽いですし、体の構造も違いますから関節への負担のかかり方も人間と異なります。人間用の素材を使うと硬すぎて痛みを感じさせてしまうケースもあります。例えば、動物の場合、直接足を固い地面に着けますので、中に衝撃を和らげるようにゲル状のクッションを入れなどの工夫を施します。その他、雨のしみこまないウェットスーツ用の素材を使用するケースや、また腰や胴体用の装具は通気性のいい素材を使ったりもします。
回復を早める、機能を補う、というだけでなく、動物は言葉を発しないので、どうしたら快適に使ってもらえるか、動物の様子をよく観察し、飼い主さんの思いを汲むことが重要だと思います。
義肢装具で治療が変わる未来を見据える
今後の展望をお聞かせください。
この仕事は毎日発見があってとても楽しいんです。学会や講演、論文という、その発見を伝える場もいただいていて、それをきっかけに多くの人とつながることができました。現在では大学の研究機関と連携して3Dプリンターの研究もしています。型づくりだけでなく、装具そのものを3Dプリンターで作ろうという動きです。今はまだ使える素材の面などで作れるものに制限がありますが、今後の発展には大きな可能性を感じています。また、義足の発達で手術方法が変わり、動物の負担を軽減する、機能をより多く残すような方向を目指すようになりつつあります。
私の場合、義肢装具士の国家資格を持っているという強みや基本的な知識があるので、それが新たなことにチャレンジする自信につながっているのだと思います。どうしたら愛おしいペットの痛みを和らげることができるだろう、より快適に歩行できるだろう。そう常に考え続けること。それが新しい取り組みにチャレンジする意欲になっていると思っています。
法人名 :東洋装具医療器具製作所
代表 :島田 旭緒
所在地 :〒194-0038 東京都町田市根岸2-26-40
電話 :042-793-1002 ※獣医療関係者以外の方のお問い合わせはお受けしておりません。
理念 :人の義肢装具を応用し、動物の義肢装具を開発、製造、販売を行うことで動物の医療を通して社会に貢献すること。
営業項目:動物用一般医療機器の製造・販売
許可番号:第三種動物用医療機器製造販売業許可:19製販療Ⅲ第20号
動物用医療機器製造業許可:19製造療100号