ねこが幸せになれば、人はもっと幸せになれる。
株式会社トレッタキャッツ 代表取締役 堀 宏治氏
ペットに元気で長生きしてもらいたい飼い主さんの想いに応えるトイレとして、大きな注目を集めている猫の健康トイレ「toletta(トレッタ)」。ペットヘルスケアとIoT の融合によって可能になったこととは?「toletta」開発の背景と現在の利用状況、今後の展望について、㈱トレッタキャッツ代表の堀さんにお伺いしました。
はじまりは人間の医療システムの改革から
tolettaの開発背景とペットテックに注目した背景をお聞かせください。
tolettaの開発に至るまで、紆余曲折がありました。まず、最初に新卒で入社した会社では病院のシステム開発、次に転職した製薬会社では病院経営コンサルタントを担当しました。コストを削減しながら医療の質を担保するためのコンサルテーションです。医療行為ごとに点数が決められており、点数によって医療費が算出されていますが、当時は医療と経営は全く別物という考え方だったため、大赤字に陥った病院が続出していました。そのため、何をどのように削ったら医療の質を落とさずにコスト削減ができるのか、エビデンスを揃えてお医者さんに提案する必要がありました。2003年には、仕事仲間と3人で病院の経営コンサルタントを行う企業を立ち上げ、全国の病院の治療内容とコストを可視化するツールを作り、販売しました。ブラックボックスだった医療が可視化されることは、医療の標準化が一挙に進むターニングポイントになったと思います。
人間の医療から動物の医療の分野に携わるようになったきっかけを教えてください。
2011年1月にそのシステムにも限界を感じ、別の会社にそのシステムを売り渡したため、空白時期がありました。そんなときに起こったのが、東日本大震災です。避難所にペットは一緒に入れないとか、被災地にペットが置き去りにされているとか、連日、悲惨なニュースが流れていましたよね。その一方で「自分は?」と言えば、犬と楽しく毎日を過ごしている。そのギャップに大きな違和感があり、その時ふと興味を抱いたのが動物愛護活動だったのです。2012年には動物愛護のためのWEBサイトを作るために、クラウドファンディングにチャレンジし、それをきっかけにペットの会社を設立しました。そのうちに、あるトリマーさんとの出会いがあり、小田原でトリミングサロンを開いたのです。
主に犬が対象になるトリミングサロンと猫のトイレとは、結びつかないような気がしますが。
そうですね。まだ、猫には行き着かないです(笑)。トリミングサロンでは、月2,000円で「ペットの歯磨きし放題サービス」を始めました。今、流行のサブスクリプション※ですね。毎日散歩のついでに歯磨きに寄ってくださる飼い主さんが多くなるにつれ、トリマーの本業である洗髪やカット以外のこと、ペットフードや健康について相談される方が増えてきたのです。お客さまの情報が集まってくる現状を目の当たりにして、何か新しいビジネスができないかなあと、考え始めました。
※サブスクリプション:定額料金を支払うことで、一定期間サービスが受けられること
ペットとIoT ※とを結びつけた事業を発想されたのはなぜですか?
トリミングサロンで得られる顧客情報には限りがありますし、コンサルティングも一対一の対応となります。より多くの情報を収集、可視化して、サービスを標準化することができれば、より多くの飼い主さんに喜んでいただけるのではないかと考えました。そのために、今まで自分がやってきたヘルスケアとITの技術が役立つのではと考えました。そこで、2015年に現在の会社、㈱トレッタキャッツを設立しました。テレビ電話による獣医師相談を行った後、ペットの自動給餌器の開発に取組みました。ハードウェアは、中国のメーカーからOEM ※で提供してもらいました。飼い主さんの反響は上々で、予想以上に予約をいただいたのですが、いざ製品が出来上がって納品したところ、正常に作動しないケースが続出しました。その原因を探るべく飼い主さんのお宅を一軒一軒訪問しましたが、結局、中国と日本のセキュリティの基準の相違から、解決は難しいと判断し、半年間で自動給餌器から撤退しました。製品が正常に起動しない原因を調査するために、利用者さんのお宅を一軒一軒訪問していたわけですが、その過程で利用者さんのほとんどの方が猫の飼い主さんだったことがわかりました。利用者さんより、「猫のトイレは作らないの?」という声が多く寄せられたため、現在のtolettaの開発にいたりました。
※IoT:世の中に存在する様々な物に通信機能を持たせ、インターネットに接続することで、自動認識や自動制御、遠隔計測等を行う。
※OEM:他社ブランド製品を製造すること
猫の「おしっこ」から病気の予兆をキャッチ
tolettaの具体的な機能について教えてください。
最初に発売したtolettaは、体重だけを計測するトイレでした。その後、さまざまな特許の問題や技術的な問題のハードルをクリアして発売したtolettaは、体重に加え、尿量も計れる仕様です。猫は腎臓や尿路、膀胱など泌尿器の病気にかかりやすいと言われています。それらの病気の初期症状は尿に現れることが多いので、毎日のトイレチェックが大切なのですが、一日中、飼い主さんが見張っているわけにはいきませんよね。そこで、tolettaでは、猫がトイレに入るたびに、体重、尿量、尿の回数、入室回数、滞在時間、経過時間を自動で計測できるようにしました。さらに2020年2月にはオンライン相談や往診をサブスクリプションで提供する「トレッタねこ病院」を開業しました。一般のオンライン相談と違う点は、tolettaのデータを見ながらコンサルティングができること。我々はその子のデータを分析することによって、飼い主さんが気づいていなくても異常な部分を発見でき、そのアラートを飼い主さんに発信することができます。LINEに「今、健康状態が悪いかもしれないので、獣医師の診察を受けることをオススメします」とメッセージを送るサービスを行っています。過去3ヶ月間で、157回のアラートを出したこともありましたが、そのほとんど全てが病気であることがわかっています。
tolettaの開発で難しかったことは何ですか?
実は、私はもともと犬派で(笑)、猫のことはよく知りませんでした。ハードウェアの作り方もわからなかったため、猫に詳しく、ハードウェアに詳しい人を集め、2017年8月から猫のトイレプロジェクトをスタートさせました。当時お客さまが求め
ていたのは、飼い主がいなくても、勝手に掃除をしてくれる「自動清掃トイレ」です。数社のアメリカ製品を使ってみましたが、清掃の精度は8割くらいでした。アメリカでは許されたとしても、日本では完全に清潔な状態まで清掃されないと、受け入れられないでしょう。そこで、日本クオリティにこだわった自動清掃トイレの開発を始めました。その段階では、体重や尿回数を計測する機能は付加機能として考えていました。しかし、開発にチャレンジしたものの、非常に難しく、販売できるクオリティのトイレは開発できませんでした。そこで、「健康」に特化したトイレの開発にシフトしました。2018年の「世界猫の日」である8月8日に、体重のみを計測できる初代tolettaの予約販売をスタートしたのです。また、翌年2019年11月22日には、現在販売されているtoletta 2を販売しました。猫を飼育されている方の中には、2頭以上を同時に飼育されている方もいらっしゃいますから、自動で個体を見分けられるようにする技術も追加で搭載しましたが、開発は難しかったです。
tolettaの利用者様からは、どんな声が寄せられていますか?
実際に使っていただいた飼い主さんからは、「tolettaのデータを見て病院に連れて行ったら、病気であることがわかった」という声がたくさん寄せられています。今までは、具体的な症状の有無にかかわらず、「心配だから動物病院に連れて行く」という飼い主さんが多かったと思います。でも、tolettaを使っていただくと、収集したデータをAIが解析して、病気の可能性がある予兆をキャッチして、病院にいくタイミングをアラートで教えてもらえます。例えば、トイレにものすごい回数行っているけれど、尿は出ていない子の場合、アラートが鳴って病院に連れて行ったら、膀胱炎であることがわかった事例が数多くあります。本当に必要なときに迅速な行動が取れるのは、飼い主さんにとっても動物病院にとっても、そして何よりも、大切なペットにとっても、良いことだと考えます。今後もより役立つアラートが発信できるよう、東京大学の獣医師の先生に研究に参加していただいたり、広島のどうぶつ腎臓病センターにも協力していただいたりして、データの分析や実証を日々進めています。tolettaのアラート機能は、情報がたくさん集まるほどロジックが精緻化していくものですから、利用者を増やすために動物病院連携プログラムをスタートさせ、動物病院経由でtolettaをご利用いただくことで、動物病院とお客さまのデータを共有する取組みを始めています。
目指すのは猫の医療の標準化
動物病院連携プログラムで目指すのは、どんなペット医療ですか?
今tolettaを使って収集できるデータは、猫の健康状態に異常があるかもしれない、というアラートを出すためのプロセスの情報です。今後、集積したいのは結果のデータです。結果のデータとは、例えば「病気の有無」「病名」「検査結果」「治療内容」など、確定した情報です。獣医師の診断結果と治療、家に帰ってからのtolettaのデータを見比べて、A病院とB病院で違いがある場合、どちらの方がより早くより的確な治療だったかわかりますよね。病院のカルテのデータとtolettaのデータを結びつけることが、動物病院連携プログラムで行っている取組みです。これは、国内だけでなく、アメリカでも計画中です。アメリカのチェーン病院で患者さんにtolettaを配り、動物病院が持っているカルテのデータと、tolettaのデータを結びつけて、検証します。データの集積量が増加する分、アラートの精緻が高まってくるわけですよね。今、私たちが究極に目指しているのは、猫の種類や年齢など、細かな個性に合わせた健康状態と異常状態の判定ができるようになることです。さらに、今、人間の医療がエビデンスに基づき病気ごとの治療が標準化されているように、動物医療においても、治療の標準化を進めたいと考えています。
動物医療の標準化に関して、獣医師の先生からの反応はいかがですか?
好評だという感触を得ています。アメリカでWBCという西地区で一番大きな獣医師の学会で、250人を対象にアンケートをとった結果、「尿量が計れるトイレはいらない」と言った獣医師は一人もいませんでした。獣医師も個人の経験則だけに頼るのではなく、全国規模の平均値から判断してより良い治療が選択できる必要があると思っているのではないでしょうか。動物医療の分野でも、人間の医療でやってきたことと、目指すところは同じです。情報を可視化することによって、だんだん最適化されていくということです。
新型コロナ禍において、飼い主さんのtolettaの利用方法や御社のサービスに変化はありますか?
飼い主さんからは、LINEの相談が増えましたね。その上、相談内容が高度になってきました。結局、みんな新型コロナウイルス感染症が怖く、動物病院に連れて行きたくても連れて行けなくて、ギリギリまで判断に迷っている感じがします。それをなんとか解決できないかと思い、「トレッタAI先生」という新しい機能を作りました。LINEを活用したアプリで通院するかどうかを相談できる機能です。情報を得られる症状としては、下痢、涙目など相談が多いものから少しずつコンテンツを増やしています。また、オンラインのペットフードコンサルティングも始めていますが、すぐに予約でいっぱいになっています。サブスクリプションの料金内で、適宜オンラインのサービスを加えたり、外したりしてバージョンアップを図っています。弊社と他社との違いは、カメラによって多頭猫の個別認識を行なうトイレであることと、自社に獣医師がいることですね。私たちは物を作っていますが、やっていることはサービス業なんですよね。
世界の猫を幸せにするために
貴社の特徴的な取組みのひとつとして、VEA(獣医起業家アカデミー、以下VEA)への取組みが挙げられますが、取組みへの経緯や想いをお聞かせください。
弊社の企業理念は、「ねこが幸せになれば、人はもっと幸せになれる。」です。この企業理念は、世界中の猫にあてはめるべきです。そのために、まずは一番猫の飼育頭数が多いアメリカから着手しようと考えました。これまでも、アメリカでスタートアップ企業向けのコンテストがあれば、ペット業界内外にかかわらずエントリーしてチャレンジしてきました。そうした流れの中で出会ったのが、VEAです。VEAは、獣医師におけるイノベーションと起業家精神を伸ばすことを目的に、企業と獣医学生をつなげる米国のプログラムで、日本では唯一㈱トレッタキャッツが選ばれました。インターンシップは10週間。参加してくれたのは、コロラド州立大学獣医学部の2年生です。彼女には、週に2回のオンラインミーティングに参加してもらい、アメリカでのtoletta展開の戦略作成に取り組んでもらいました。8月には、カンザス州で開催される「デジタルアニマルヘルスサミット」で、日本企業として唯一、急成長を遂げる会社のプレゼンテーション大会にオンライン参加しました。
今後の展望についてお聞かせください。
企業理念に「日本の猫」と限定していないのですから、当然、事業展開は世界を視野に入れています。猫が多いアメリカを皮切りに、中国、ヨーロッパの順に展開したいと考えています。tolettaは、日本でもまだ完成しているサービスではないので、これからどんどん改良していかなければならないと思います。今、サービスの改良は2週間に1回は行なっています。とにかく、チャレンジし続ける。失敗したからこそわかることもあるので、失敗を恐れずにどんどんチャレンジします。ダメだったらすぐに方向修正すればいいのです。スタッフには以前、動物関係の仕事をしていた人が多く、全く異なる仕事環境になりましたが、それぞれが楽しんで仕事をしているようです。tolettaが普及して、飼い主さんも獣医さんも、働いている人も、喜んでくれる人が増えてくるのは嬉しいことですし、チャレンジできる環境があることは、とても幸せだなと思っています。
企業名:株式会社トレッタキャッツ
代表取締役:堀 宏治
所在地:〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸1-12-4-1F
電話番号:050-3786-5414
連絡可能曜日:平日10時~17時
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、マスクを着用してインタビューさせて頂いております。