ペットとの共生社会に生きる現代の子どもにとって「本当に必要な授業」とは
代表理事 道躰雄一郎氏
2001年慶應義塾大学法学部卒業。20代を海外や演劇の世界で過ごしたのち、2010年に日本の伝統文学であり、かつ趣味でもある俳句のイベントをやるための法人を設立。現在は文化人のマネージメントや各種企業イベント、2016年4月設立のNPO法人ワンコレクション代表理事として、小学校でのスペシャリストによる特別授業を運営中。
ありそうでなかった、動物と触れ合いながら学べる体験型授業
今年4月に設立された「特定非営利活動法人ワンコレクション」ではどのような活動をされているのですか?
小学校における課外活動・学童保育の一環として、子どもたちにいろいろな体験をしてもらう特別授業の企画運営をしています。豊かな心を育んでもらう「きっかけ」作りになることを目的に様々な分野の講師のもと、専門的な体験型授業を提供していく活動を中心に行っています。現在提供している授業テーマには「サッカーの授業」「俳句の授業」などがありますが、その中の一つである「動物の授業」では、子どもたちに「命の大切さ」「共感性」「自立型思考」を学んでもらうことを目的に授業を構成しています。これまでに、10校以上の小学校へ赴き、250名を超える子どもたちに「動物の授業」を実施してまいりました。
具体的に「動物の授業」はどのような授業構成になっているのですか?
授業は2部構成になっています。前半は講義形式で、子どもたちが動物との接し方や動物の歴史などを学べる内容になっています。学年によって前半の講義内容に変化をつけており、例えば低学年の子どもたちには基本的な動物との接し方や生き物の尊さ等、子どもたちが動物を身近に感じられるような講義内容にしています。高学年の子ども向けにはもう少し高度な内容にしており、社会問題や動物の歴史、さらに災害救助犬や介助犬といった人を助ける動物たちについて学べる内容になっています。授業の後半は、動物との触れ合いの時間となっており、実際に講師の犬(名前:かえちゃん、犬種:ミニチュア・ダックスフンド、年齢:4歳)と触れ合ってもらいます。一部で学んだ犬との接し方を二部で実践できるようになっているところがこの授業の特徴です。数ある小学校の中には、動物を飼育していたり、飼育当番などで動物と触れ合う機会を設けているところはあると思いますが、このように、動物との接し方を文章化したりシナリオ化したりして体系立てて授業を実施しているところはないと思います。
道躰さんは以前から児童教育ということに興味をお持ちだったのですか?
そういう訳ではございません。今年の4月にNPO法人を立ち上げるまでは、別の法人会社でイベントの企画運営をしていました。日本の伝統文学であり、かつ私の趣味でもある俳句のイベントをやろうと思い興した会社です。俳句を通じて、子どもから高齢者の方まで楽しんでいただけたら素晴らしいと思いイベントを企画運営しており、お正月に放映される特別番組に取り上げていただいたこともあります。ただ、イベント会社ですので、俳句以外にも常に面白いイベントを実施したいと考えていました。そんな時、偶然私の同級生でいち早く教育関係のNPO法人を興している友人に再会し、「小学校で面白い授業をやらない?」と提案を受けたのが児童教育実施のきっかけでした。
本当に「人生の役に立つ授業」とは、いつまでの自身の記憶に残るものだと思う
ご友人から提案を受けた際、なぜ動物の授業を実施されようと思われたのですか?
これからますます重要視されるであろうペットと人の共生社会の中で生きる現代の子どもたちにとって、動物の授業は必ず人生の役に立つと自分の体験から思ったからです。実は、私の実家が鎌倉にありまして、幼少期から自然や動物に囲まれて過ごしてきました。今まで犬、うさぎ、猫、亀、ザリガニ等の動物を飼育してきて、本当に様々な種類の動物たちと触れ合いながら育ちましたので、日常生活の中に動物がいることは当たり前でした。ただ、このように動物と接してきた私でさえも、高校生の時に留学先の家で大きな犬に噛まれそうになったことがありました。その時咄嗟に犬から手を引くことができたおかげで、怪我をすることはありませんでしたが、もし噛まれていたらと思うと本当に恐ろしいです。何故あの時咄嗟に手を引くことができたのかと言いますと、それは昔誰かから
「動物を触る時は、上から手を出したらいけない」
と教えてもらったことを思い出したからなのです。自分が気付かないうちに、昔の記憶が長い間心の中に残っていたんですよね。友人から、児童教育の提案を受けた時、ふと昔の記憶が蘇ってきまして、「私があの時経験して、必要だと思ったことを子どもたちに教えてあげられれば、人生の役に立つかもしれない」と思いました。ちょうど私の友人も学校側から動物の教育を子どもたちにして欲しいという要望があったと言っていたので、ニーズがある分野だと思いましたね。このように「動物の授業」は様々な要素が組み合わさって、偶然生まれた授業なのですが、私の原体験が大きく影響しているのかもしれませんね。
動物だって私たち人間と同じ生き物ということを伝えたい
小学校で犬を連れて授業を実施することはハードルが高くなかったのですか?
想定していた以上に高かったですね。特に初めて授業を実施する学校では、先生方からの信頼を得るまでに苦労しました。少しでも学校側の理解を得るために、授業を実施する前には必ず注意事項や安全対策をまとめた資料を作成し、先生方にお渡ししています。注意事項の中には、先生方に担当クラスに動物アレルギーの子どもがいないかどうか必ず確認していただくよう記載しています。もしアレルギー持ちの子どもがいる場合、授業を受けることに対しては問題ございませんが、授業後半の犬との触れ合い時間には、犬に接しないようにしていただいています。また、犬は常に専用のカートに入れており、授業後半の触れ合い時間以外にはカートの外に出さないようにしています。万が一、犬が人間を噛んでしまった時に治療費を補償する保険にも入っています。ただ、最初に授業を実施した小学校では、心配した校長先生が見に来られるほど、学校に犬を連れてくることはハードルが高いみたいです。
リスクを負ってまで、動物を連れてくる必要はあるのですか?
正直、動物も私たちと同じ生き物ですので、何が起こるか分からないという緊張感は常に持っています。ただ、子どもたちに教えたいことは、「動物も私たちと同じ命」ということです。私たちが体調の悪い日があったり、機嫌が良くない日があったりするように、動物も体調がすぐれない時もありますし、イライラしている時もあります。これからのペットとの共生社会に向けて、動物と人間を分けて考えるのではなく、一緒の「命」として考えてもらいたいと思っています。それが、授業の一番の主題である「動物の命を考える」「小さな命を大切にする」ということに繋がってきます。また、授業に連れてきているミニチュア・ダックスフンドのかえちゃんは、無理な交配による遺伝子疾患が原因で1歳の時に目が全く見えなくなってしまいました。私はかえちゃんがまだ目の見える子犬の頃から知っていたので、彼女がやんちゃで好奇心旺盛な子だということを知っていたのですが、目が見えなくなった途端、どこか自分の障害に気付いているようで、大人しくなってしまったんですよ。私の推測ですけど、かえちゃんの「飼い主に可愛がられないといけない」という気持ちが行動に表れたのでしょう。ひたむきに毎日を生きている感じがして、「この子なら、子どもたちに命の大切さを教えてくれる伝道犬になれるのではないか」と思いましたね。子どもたちに、かえちゃんと接することで命の尊さを学んで欲しいと思っています。
子ども以上に動物との触れ合いを求めていたのは大人だった
実際に動物を連れて授業を実施されて、子どもたちの反応はいかがでしたか。驚きや発見などございましたら教えてください。
子どもたちには想定以上に授業に興味を持って参加いただいています。授業後半の触れ合いの時間は、子どもたちが犬に触るために列をつくるほど人気の時間となっています。ただ、子どもたちよりも、見学に来られる先生方の方が動物に大変興味をお持ちだったことが驚きでしたね。あれほど犬を教室に入れることに対して警戒していた先生方も犬を見た途端、みなさん顔がほころぶんですよね(笑)。休み時間にわざわざ犬に触りに来る先生もいらっしゃいました。これだけ動物が身近になってきていても、まだまだ動物と触れ合ったことのない方が大人も含め多くいることが分かりました。我々の活動を通じて、動物と人間の距離を近づけることが出来れば良いなと思っています。
学校、NPO、企業が協力して、子どもの教育環境を整えたい
道躰さん自身、授業を通して感じられたことはございますか?
私見ですが、子どもたちは社会の世相を表していると思っています。私は昔、アルバイトとして子どもたちにスポーツを教えていたり、その前も中学生にサッカーを教えていたりと、長年子どもたちと接してきました。ですので、今の子どもたちと接する中で、昔の子どもと少し違っていると感じることがあります。
例えば、今の子どもたちは昔よりも多くストレスを抱えていたり、他人との距離感が上手く掴めない子がいると思います。子どもだけではなく、先生方も時間に追われていたりする様子は現場で感じられます。そういう学校環境を見て、私はNPO法人と学校がもう少し密接に繋がることで、子どもが様々な体験を通して学べる環境を整えたいと思うようになりました。やはり子どもたちが授業を通じて楽しんで学んでいる姿を見ていると嬉しくなりますね。私の通っていた小学校は卒業生が良く遊びに来る学校だったので、大人たちにすごく可愛がってもらった記憶があり、大人になった今でもその時の記憶がまだ鮮明に残っているのですよ。ですので、自分が楽しかったことを子どもたちにも経験して欲しいという思いは強くありますし、それで子どもたちが喜んでくれることが何より楽しいのです。
今の課題はございますか?
NPO法人の活動一期目ですので、細かい事務作業も含めて非常にやらなければならないことが多いです。一方、収益と人材を確保し、運営をしていかなければならないので、そこのシステムを構築することが現在の課題です。人材の面でお話すると、現在私を含め2名の理事と1名の会計士、そして数名のボランティアの方がこの活動に携わっております。さらに現場で活躍できる優秀な方がおりましたら、是非採用したいと考えていますね。特に創造性があり、アイデアを多く出していただける感性豊かな方は大歓迎です。また、現在の収益構造は国からの助成金や個人からの寄付がメインですが、私たちのようなNPO法人を通じて、企業にもう少し社会貢献をしていただけるような社会になるよう働きかけていきたいです。やはり日本社会は民間企業が資産を持っていると思いますので、それを人間教育などで人に還元することにより、優秀な人材を育て、結果的に会社の業績に貢献するといった仕組みが社会全体でもっと広がっていったら良いと思っています。ただ、私たちのような活動は目に見える成果があるわけではございません。企業様からご支援をいただくには、何か形に残るようなものを残したいと考えていますが、それがなかなか難しいところでもあります。
「記録」より「記憶」、そしてそれを「カタチ」にしたい
今後の展望を教えてください。
「記録」には残らなくとも、「記憶」に残る授業を実施したいという思いはずっとあります。今すぐ役に立つものではなく、子どもたちが大人になった時に、ふと思い出して役に立つこと、そういったことに繋がる活動を実施していきたいと考えています。ただ、それだけでは本当に記憶に残ったかどうかは計れませんので、今は「記憶をカタチ」にできる方法がないかと考えています。先ほども申し上げたように、人の記憶や感情は数字に表れるものではないので、私たちの活動の効果を可視化することは難しいです。ただ、記憶を何らかのカタチにすることができれば、より今後の活動に幅がでるのではないかと思っています。
また、今後は授業のテーマも増やしつつ、小学校だけではなく、幼稚園や中学校でも授業を実施していきたいと考えています。小学校や中学校の場合、道徳の時間やフリータイム等、先生が自由に使える時間が設けられているところがあるんですね。「動物の授業」は道徳に近いものがあると思っているので、先生の希望に合ったもので、かつ私たちの意向に合ったものを組み合わせて、もう少し上の世代に伝えていきたいと思っています。放課後や授業の一コマをお借りして、私たちが授業を行うことによって、その間先生方は溜まっていたお仕事や好きなことが出来ますよね。最近お会いした先生方はとても忙しくしていらしたので、微力ではございますが私たちのような団体も学校をサポートすることによって、先生方の負担も軽減し、より良い学校教育の環境を創っていけると思っています。
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名称 :特定非営利活動法人ワンコレクション
住所 :東京都港区芝
設立年日 :2016年4月8日
代表理事 :道躰 雄一郎
活動内容 :1.社会教育の推進を図る活動 2.子どもの健全育成を図る活動