不動産研究の第一人者が説く、猫×不動産ビジネスの新しい可能性

2016年3月11日

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株式会社ニッセイ基礎研究所
不動産研究部長 主席研究員(2016年3月退任予定)
特定非営利活動法人(NPO法人)東京キャットガーディアン理事(2016年2月就任)


松村徹氏について:

1978年大阪大学卒業後日本生命保険入社。主計部、財務企画室、埼玉県庁政策審議室等を経て1988年より現職。不動産証券化、不動産投資分野の調査研究を担当。著者に『不動産証券化入門(共著)』(シグマベイスキャピタル社)、『団塊世代の定年と日本経済(部分執筆)』(日本評論社)、『不動産ビジネスはますます面白くなる~成熟市場で成長の芽を見出す(共著)』、『不動産力を磨く~Q&Aで “手ごわい客”になる知識を身に付ける(編著)』(日経BP社)、『猫を助ける仕事~保護猫カフェ、猫付きシェアハウス(共著)』(光文社)。論文に『東京オフィス市場の2010年問題』ほか多数

NPO法人東京キャットガーディアン」代表の山本様との共著『猫を助ける仕事』。一時入手困難になるほどの人気と伺っております。何故不動産研究の第一人者である松村様が猫に関する本を書かれたのですか?

私はニッセイ基礎研究所に28年間勤め、これまで機関投資家といわれるプロの不動産投資に関わる調査研究をやってきました。ただ、最近はビルを使うオフィスワーカーや住宅の購入者などエンドユーザーの側にもっと焦点を当てていきたいと考えるようになりました。なぜなら、他のサービス業に比べて「顧客志向」や「未来志向」の弱い不動産ビジネスをなんとか変えたいという思いが強くなったからです。

たとえば、ICT(information  and communication technology)化の遅れです。いまや、スマートフォンを使ったカーシェアリングやAirbnbのようなシェアリングエコノミーが成長しているにもかかわらず、不動産業界では未だに紙の書類やFAXでのやり取りが中心です。スマートキーも普及しておらず、内覧の際は管理不動産会社に “鍵”を取りに行くのが普通です。中古車市場では、東京の中古車をネットで購入する地方都市の人も少なくありません。中古車の絶対数が少ない地方より、首都圏の豊富な在庫から選ぶ方が選択の幅が広がるうえ、ネット取引でも安心できるシステムインフラが整備されているからです。不動産取引や賃貸借契約でもある程度まで手続きがネットで済ませられる仕組みが作られてもよいはずなのですが、重要事項説明のネット化ですら保守的な業界の抵抗が強いのが実態です。

一方、猫を賃貸住宅で飼育したい方が多いにもかかわらず猫飼育可の賃貸住宅が少ない理由は、まだまだオーナー側が顧客本位でないためです。少子高齢化で競争が激化する中、不動産ビジネスはもっと顧客の要望に耳を傾ける努力が必要だと思います。もちろん、新しい仕組みやサービスでは必要な対価をもらうことは当然です。猫が飼える住宅は、家賃を周辺より高く設定する、管理費を高くするなど他の賃貸住宅にない付加価値に見合った対価を要求してもかまわないでしょう。しかし、そういった新しい仕組みを提供しようという大家さんや不動産会社はほとんどありません。そんな中、東京キャットガーディアン代表の山本さんが猫の保護、譲渡活動のほかにも猫付きマンションや猫付きシェアハウスという住宅ビジネスに絡めた新しい仕組みづくりに取り組んでいることを知ってコラムや本で紹介したところ、ご縁が出来て一緒に本を書こうということになったのです。

そもそも松村様が山本様に出会われたきっかけは何だったのですか?
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私が東京キャットガーディアンから子猫二匹を引き取ったのが山本さんとの最初の出会いでした。今から約7年前です。保護された猫を引き取ろうと思ったのは、息子が飼っていた猫を私の不注意で死なせてしまったからです。それで不幸な猫を助けたいと思うようになり、東京都の動物愛護相談センターに電話をしたところ、職員の方が「保護している猫は今いません。引き取りを希望されているのであれば、東京キャットガーディアンに一度電話をしてみたらどうでしょうか?」と言われたのです。結局、飼い主としての適格審査を経て二匹の姉妹の里親になりました。

とはいっても、当時は猫の保護活動や東京キャットガーディアンの取り組みについてはほとんど何も知りませんでした。その後、山本さんと再会して、東京キャットガーディアンが保護した猫を年間600匹~700匹も譲渡しているすごい実績のある保護団体であることがわかりました。さらに、保護猫の居場所づくりのために、猫付きシェアハウスや猫付きマンションという新しい取り組みをされていることにも驚きました。何よりも、保護活動の規模を拡大していく、つまりできるだけ多くの命を救う、という使命を持っておられることを知り、まさにこれは「ソーシャルビジネス」だと感じました。

ちなみに私も今は四匹の猫と一緒に暮らしています。一部愛猫家に話題の「ねこちぐら」という天然の藁を使った猫の住まいを一年半待って手に入れたのですが、残念ながら猫たちの爪とぎになっています(笑)。人間の思い通りにならないところもまた猫の良いところなんです。

「猫飼育可賃貸住宅」の少なさが象徴する今の不動産業界の課題

猫の飼育にみられるように、今の不動産ビジネスの課題を挙げるとするとどのようなことでしょうか。

先に申し上げたように、猫の飼育環境の未整備に限らず日本の不動産業界は顧客向けのサービスが遅れています。顧客が本当に求めているものを提供しているのか疑問です。最近は「サービス付高齢者向け賃貸住宅」が注目されていますが、本当に入居者のことを考えたサービスを提供しているのかどうか。ペットが家族の一員と考えれば、ペット同伴の入居ができてもいいのですが、そういった物件はほとんどありません。老人ホームなどの高齢者施設も同様です。ペットにはセラピー(癒し)効果もあるのですが、どうも真面目に考えているようすがありません。ペットどころか、親孝行の娘や息子も一緒に住めない高齢者向けの住宅ってどうなのか。家族との同居は無理でも、近居できるような仕組みを作って欲しいと思うのは私でだけでしょうか。

オフィスビルのプランやサービスも同じです。例えば、オフィスワーカーの健康維持に積極的なビル管理会社はほとんどありません。空気が乾燥する冬季は、室内の湿度を高めに設定すれば、風邪やインフルエンザを予防できるのですが、「このビルは、湿度の細かな制御はできません」という。それって、サービス業として怠慢ではありませんか。女性が多く働くフロアでは「お肌にやさしい湿度、UVカットの窓ガラス、蒸散効果と癒し効果のある室内緑化」といったサービスを売り物にすれば、他のビルとの差別化につながり、共益費を少し高く徴収できると思うのですが。

もっとも顧客の方もお仕着せを受け入れる癖がついてしまい、自分の要望をしっかり主張することが少ない気もします。ともかく、不動産事業者は、もっと顧客の要望を聞こうとすべきではないでしょうか。

不動産ビジネスでは、なぜ顧客志向が弱いのでしょうか?

経済が高度成長し、人口が増加している時代に現在の分譲や賃貸ビジネスが出来上がったことが大きな原因で、少子高齢化や生活スタイルの多様化に対応できていません。日本の借家法は借り手が非常に有利になっていて、大家さんが一方的に借家人を退去させることはできないので、家族が増えたら出ていかざるをえないような狭くて居心地の悪い住宅を作ったといわれます。また、戦後長らく家賃の上昇が続いたため、借家人がどんどん入れ替わってくれる方が収入が増える。また、相続税対策など節税のためのアパート経営が主流だったので、市場や経営に関心のない大家さんが多かった。もちろん、人口が増えているので空室の増加を心配する必要もあまりなかったわけです。

結果として、顧客の望む本当の住宅や管理サービスを追求するモチベーションが働かなかったし、顧客も貸し手市場時代に出来上がった慣行を当たり前と思うようになってしまったのではないでしょうか。

松村様はそのようなビジネスのあり方を変えるためにどのような働きかけをされていらっしゃいますか?

2_160301一昨年出版した「不動産力を磨く~Q&Aで“手ごわい客”になる知恵を身につける~」という本は、そのような思いから業界人とエンドユーザー両方を意識して書いたものです。今後もコラムなどで情報発信する機会がありますので、不動産ビジネスは顧客志向やICTを積極的に取り入れるといった未来志向を強めていくべきだ、ということを言い続けていきいと思っています。

一生涯のうち個人が不動産に直接関わる機会は非常に少ないので、顧客と不動産業者との間の「情報の非対称性」が大きくなる。私は、そんな情報格差を埋めるとともに、顧客とともに成長していく不動産ビジネスの新しい可能性を探っていきたいと考えています。

 

猫の方が近隣とのトラブルが多い!?松村氏に聞いたトラブル防止策とは。

ここからはペットと不動産にまつわるトラブルについてお聞きします。当社の調査でペット(犬猫)が原因で大家さんや近隣との間でトラブルに巻き込まれた経験のある猫飼育者は犬飼育者よりも多く9.6%いました。トラブル防止のために重要なことはどのようなところでしょうか。

約1割の方がトラブルに遭われたという結果は案外少ない気がしますが、調査対象などがよくわかりませんので何とも言えません。ただ、犬でも猫でもそれなりの工夫をすればトラブルを回避できるのは確かです。それは住人自身の工夫はもちろん、不動産管会社の工夫、あるいは大家さんの工夫など、様々な立場からやれることがあるはずです。

まず、猫や犬の習性よく知ることが大事です。一つのポイントが「躾ができるかできないか」ではないでしょうか。例えば、一般的に猫は犬と違って躾ができません。「お手!」や「お座り」をする猫は見たことがありませんが、躾をしなくてもトイレの場所を覚えますし、静かに留守番もできる点は犬の飼育より楽かもしれません。むしろ、犬よりも住宅の設備や内装の工夫が重要になります。ご存じの通り、猫は「脱走の名人」ですので飛び出し防止フェンスをつけるなどの工夫をしないと、迷子になったり近隣での糞尿トラブルになったりする可能性があります。また、爪とぎ防止用に強度のある壁紙に張り替えたり、爪とぎできる板やポールを置くなど工夫してもよいでしょう。

一方、犬の場合は躾をすることでほとんどのトラブルは防止できると思います。逆に躾をしないと、無駄吠えや粗相などトラブルに繋がる可能性が高くなります。トラブルの内容でその対策も違いますから、ご自身だけで悩まず専門家に相談されると良いと思います。

【これまでに隣人や大家との間でペットが原因となったトラブルに見舞われたことはありますか?

(猫飼育者,n=94,犬飼育者=n=408 )】

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ペットのいる空間で働くことの「心の障壁」

ここからは「企業とペット」という観点からお聞きします。当社契約者の方に対するアンケートによると、勤務先で動物を飼っている、またはペット同伴勤務が許されている企業で勤務経験のある方は10%でした。この結果をどう読まれますか。

1割もの方が動物のいる企業で働いた経験があるという結果は正直驚きました。もちろん、オーナーさんがペットを飼っているような個人経営の小規模な会社も多いのではと思いますが。通常、たくさんの人が集まって働くオフィスでは、動物アレルギーを持っている人や動物が苦手な人にも配慮しなければなりません。また、動物の鳴き声や行動が仕事に支障をきたすことも考えられますし、動物の糞尿やビル内装への傷、逃走などが管理上のトラブルに繋がることもあるでしょうから、ほとんどの企業は動物飼育を認めていません。そういった問題を解決できるルール作りやオフィスビルの設備・管理が提供されれば良いのですが、特にビルを管理する方が「そんな面倒なことはやりたくない」と考えているのが大きな問題です。

設備面や法的な問題でできないわけではなく、結局のところ「ペットの飼えるオフィス空間」を貸したり借りたりすることに対する「心の障壁」が大きいといえるでしょう。ただ、在宅勤務制度を採用する企業がもっと増えていけば、オフィスとペットの関係も変わるかもしれません。

【動物のいる企業で働いた経験がありますか?(n=531)】

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「保護猫カフェ×都心の一等地オフィスビル」の経済合理性

現在、ペットの飼えるオフィスは日本では見かけませんが、松村さんご自身は「保護猫カフェ」を都心のオフィスビルで実現されたいとか。

もし都心の一等地、例えば東京駅周辺の立派なビルの一階目抜き通り側に保護猫カフェがあれば、動物保護活動の格好のショーケースになるだけでなく、通りすがった人は必ず「え?ここのオーナーは誰?」となりますよね。そして、そのカフェの運営が東京キャットガーディアンのような民間団体で、ビルオーナーが格安で場所を提供していることがわかれば、「動物保護を真剣に支援している社会的責任意識の強い企業なんだ」というふうにそのビルオーナーを評価するのではないでしょうか。

もちろん、そのビルやオフィス街で働く人たちが、オフタイムに猫を見て癒され、リフレッシュできる得難い空間にもなるでしょうし、「あのビルに入居したい!」と思う企業も出てくるかもしれません。増加している外国人観光客にも日本の動物愛護精神をアピールできる機会にもなるはずです。大事なことは、まず都心のビルで実現させることだと思います。

ペットと暮らす喜びは子供たちが教えてくれた

最後になりますが、松村様が猫と暮らす上で「幸せ」と感じる瞬間は、いつ、どのような時ですか?

わが家で猫たちは家族の一員ですから、何か特別な幸せを感じるというよりも、ペットと一緒にいられること、生活を共にしていることが幸せなことだと思います。最近よくいわれるように、ペットは夫婦の“かすがい”だとも感じます。猫たちと暮らすことでお互いの話題が増えますし、猫たちの体調が悪ければ共に心配し、元気になれば共に喜ぶ。もちろんペットがいてもいなくても会話のある夫婦はおられると思いますが、ペットがいることで話題は増えるし、私たちよりずっと短い生涯の小さな生き物のことだけに喜怒哀楽もより多くなります。

私自身、もともと動物を飼うこと、特に猫は苦手でしたが、ペットと暮らす楽しさを教えてくれたのは子供たちでした。最初は、子供が連れて帰ってきたハムスターがなんとも可愛くて、亡くなると落ち込んで、しばらくしてまた飼うといった具合でした。猫を飼い始めたのも子供が野良猫を貰い受けたのがきっかけです。子供たちや妻のペットへの愛情や優しさから、私の方が情操教育を受けた感じです。人間に寄り添いながらも自然体で自由に生き、そして生涯を終えていく猫たちの生き方に学ぶことは少なくありません。

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株式会社ニッセイ基礎研究所

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社名      :株式会社ニッセイ基礎研究所

本社所在地   :〒102-0073 東京都千代田区九段北4丁目1-7 九段センタービル

創立      :1988年7月4日

代表取締役社長 :野呂 順一

事業内容    :調査研究、コンサルティングが中心

 

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