神奈川県動物保護センターのすべて(前編)~協力者との協奏が生み出した答え
神奈川県動物保護センター
所長 橋爪廣美氏
神奈川県動物保護センターについて:
動物の引取り・保護飼養や動物愛護精神の普及啓発活動等を行う。長年の想いと努力の結果が実り、平成25年度に犬の殺処分ゼロを初めて達成。さらに翌26年度には犬・猫ともに殺処分ゼロを達成したことで、全国的に注目を浴びるようになった。所長の橋爪氏は自宅で猫を2匹飼っており、よく引っ掻かれて大変だとか。
これまで保護センターが下してきた大きな決断
はじめに、神奈川県動物保護センターの沿革についてお聞かせ下さい。
当所は、もともと昭和47年4月に神奈川県犬管理センターとして開設されました。それ以前は犬の危害防止対策として野犬の捕獲や収容を各保健所が行っていたのですが、業務を集約しようと、県が一つにまとめて大きい施設を作ったのです。この頃の犬の殺処分頭数は1.6万頭にも上りました。
そして、昭和52年、危害防止対策から動物保護行政へ施策を転換すべきだという機運が高まり、施策転換をはっきりと示すため、神奈川県動物保護センターという名称に変更しました。これが、神奈川県動物保護センターとしての新たなスタートだったのです。しかしながら、当時はまだ年間1万頭を超える犬たちが殺処分されているという記録が残っています。
それからも、当所は殺処分ゼロに向けた様々な取り組みを行ってきましたが、中でも大きな転換点となる出来事が平成21年に起きました。その年の10月を最後に、炭酸ガスによる犬の殺処分を廃止し、注射による安楽殺を行うようにしたのです。年間300頭近くの犬・2,000匹近くの猫が殺処分されていたのですが、それをできるだけ苦痛を与えない方法で処分するように転換を図りました。それに続き、平成24年12月を最後として、炭酸ガスによる猫の殺処分を廃止しました。
そして、平成27年3月、当所が殺処分をするための施設として象徴的だった焼却炉と排煙をするための煙突の除却を行っています。こういった背景のもと、平成27年度を終えた今、犬の殺処分ゼロを3年連続、猫の殺処分ゼロを2年連続達成することができました。
神奈川県動物保護センターの沿革と殺処分頭数の推移
出所:神奈川県動物保護センターへのインタビューに基づく
引取りだけに留まらない!保護センターの多岐に渡る取り組み
動物の引取りや施設内での保護飼養といった活動の印象が強い保護センターですが、それ以外の事業もされていると伺っております。
動物保護事業と動物取扱対策事業の2つの事業をメインで行っています。中でも、動物保護事業では動物の引取りや保護のほか、主に幼稚園児・小学生を対象とした「動物ふれあい教室」や、動物愛護週間にしつけ教室・動物相談・譲渡会などを行う「動物愛護のつどい」を開催しています。
また、安易な理由で引取りを求めてきた飼い主に対する助言・指導も行うようにしています。なつかないからといった理由で引取りを求めてくる人に対して、「こういうことをやってみたらどうですか」「引取りをする前に他の飼い主さんを探していただけませんか」といった事をお話しています。結果として、引取りを踏みとどまった方もいますし、代わりに近所の方が引取ってくださったケースもあります。
殺処分の一つの原因である迷子犬や所有者不明の猫の収容数が減少しているようですが(下図参照)、返還率*を上げるために行っている取り組みはありますか。
*返還率:迷子等を理由に保護センターに引取られた動物のうち、元の飼い主に返還された割合
返還率を上げるには、動物たちに「所有者明示」がされていることが大変重要です。犬の場合、登録した鑑札**と狂犬病予防注射の注射済票を付けることが義務付けられているのですが、実際は形が犬の動きに合わない等といった理由で、所有者明示がされていない犬たちがいるようです。動物取扱業者の方に所有者明示を普及啓発したり、講習会やふれあい教室、外部から招かれた講演等の機会を利用して、呼び掛けを行っています。
一方、猫に関する所有者明示の義務付けはないのですが、マイクロチップ***を利用することで所有者を把握することができます。マイクロチップは犬や猫に限らず、その他の動物にも利用することができ、その普及啓発に努めています。
**鑑札:狂犬病予防法で生後91日以上の犬の登録が義務付けられており、飼養者が、居住している市区町村に飼い犬の登録をした際に交付される。
***マイクロチップ:直径約2mm、長さ約8から12mmの生体適合ガラスのカプセルで包まれた非常に小さな電子標識器具。マイクロチップの中に記録される固有番号に飼い主の名前、住所、連絡先などの情報を紐付けてデータベースに登録することができる。
迷い犬等及び所有者不明猫の収容数
出所:神奈川県動物保護センター「平成27年度 動物保護センター事業概要」
「秘訣」はない。すべてが協奏して達成できた殺処分ゼロ
本当に様々な取り組みをされているのですね。こうした取り組みが実って「犬・猫殺処分ゼロ」が達成できたのだと思いますが、殺処分ゼロを達成できた一番の秘訣は何だったのでしょうか。
「秘訣」というほど特別なことをしたわけではなくて、結局のところ、私たちの取り組みと、共感してくださった多くの方々の協力や取り組みの積み重ねが功を奏したのではないでしょうか。
まず、時代時代の職員の想いがこれまでの取り組みの原動力となっていたのは確かです。昔、当所は殺処分をするための施設であり、職員は殺処分をすることが仕事でした。しかし、獣医師は動物の命を救うために獣医師になろうと思った方がほとんどなので、施設の設立当時から、殺処分業務をしながらもなんとか動物たちを助けたいという想いが職員の中でも強かったのです。その想いが譲渡制度の開始や施設名の改称、殺処分施設の廃止といった取り組みの実現に繋がったのだと思います。
また、ボランティアの方々の協力なくして殺処分ゼロは達成することができませんでした。近年は、単に可愛がってあげるということではなく、組織的に動物愛護に対して取り組みを行うボランティアの方々が増えています。さらに、ボランティアの方も多様化し、譲渡が難しい動物を率先して引取ってくださる方も現れました。
当所には、全部で49の登録ボランティアの方々がいらっしゃるのですが、飼い主を見つけることが難しい大型犬を専門に当所から引取りをしてくださるボランティアの方や、中には、怪我や病気をしている犬を引取ってくださる方々もいます。今一番課題になっているのが仔猫の問題なのですが、猫ボランティアの中でも乳離れをしていない仔猫を引取り、乳離れするまでしっかり育ててくださる方もいます。
その他、動物愛護管理法が改正されて、「しつけができないから」「引っ越すから」といった無責任な理由での引取りが拒否できるようになったことや、社会的な動物愛護精神の浸透による住民の方々の意識の高まりなど、多くの要因の積み重ねが殺処分ゼロに繋がったのだと思います。
「登録ボランティア」について、登録をするための条件等はあるのでしょうか。
はい、もちろんどなたでもボランティアとして登録できるわけではありません。ボランティアさん自身が飼養管理を適正にできること、動物についての正しい知識を有していることが必要です。そして、新しい飼い主さんの飼養管理能力の判断や、避妊去勢手術の実施についての指導までボランティアさんにしていただくことになっています。
そして、こうして登録していただいたボランティアの中には、動物に対する豊富な知識やスキルを有する方がいて、当所の職員でも手に負えないような動物も人に慣れさせ、譲渡へつなげていただいています。本当に感謝しております。このように、登録という形式にはさせてもらっていますが、当所とボランティアの方が連携して、良い結果を出すことができているなと感じています。
「安楽死」。動物の幸せを願うからこそ知ってもらいたい事実
最後に、今後も殺処分ゼロの達成を継続していく上で、注意しなければいけないことはございますか。
殺処分ゼロを継続していく中で、「殺処分されることはないから動物保護センターへペットを連れて行こう」と思われてしまうことが私たちの一番の懸念点ですね。しかし現実には、殺処分ゼロを達成しているものの絶対に動物を殺さないというわけではないのです。
獣医師は診療をする中で、植物状態や腫瘍ができて苦しんでいる動物たちに対しては、彼らの判断で「安楽死」という処置が認められています。したがって、行政が行う「殺処分」とは区別されますが、場合によっては保護センターも安楽死することがありますと、住民の方が引取りを依頼してきた際に伝えるようにしています。
本記事の後編「神奈川県動物保護センターのすべて(後編)~殺処分ゼロのその先へ」では、施設見学の様子と神奈川県動物保護センターの今後の展望について紹介します。
組織名 :神奈川県 動物保護センター
本社所在地 :〒259-1205 神奈川県平塚市土屋401
開設 :昭和47年4月
所長 :橋爪廣美氏
URL :http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f80192/